茜という存在

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 二人の向かい側に腰掛け、この空気でいつものように犬かきもできないので静かに肩まで浸かっていると、ふと茜が口を開いた。 「従業員さん。うちの花形の裸はタダじゃないですよ。あとで請求書をフロントに送りますからね」 「は?」  思わず心の声が漏れてしまった。それを聞いて茜は訝しむような目をこちらに向けてくる。おろおろしていると峰山が助け舟を出してくれた。 「茜。こいつは特別だ。前にも言ったろう。去年はこいつに散々世話になったんだ。俺の裸の一つや二つ別に気にしない」  するとむっとして茜が峰山と保の間に割って入ってくる。まるで主人を守る番犬のようだ。 「幸太郎さんはいいかもしれないけど、僕が嫌なんです。ただの一従業員のこの人に幸太郎さんの裸を見せたくない」  なんという忠誠心、と保は目を丸くした。茜はほんとうに峰山のことを心から慕っているらしい。苦笑いを浮かべて言葉を紡ぐ。 「茜さん。すみません。その通りですよね。一従業員の俺には不相応なことですね」  静かに湯船から上がると、ちゃぷんと波が立った。それが峰山の方に伝わると、申し訳なさそうに笑う。 「すまないな、保」 「お二人とも上せないようにしてください」  特に茜に向けて言ったつもりだが、どうだろうか。反応はない。  チッと舌打ちをした茜を峰山が宥める。 「そんなに邪険にしなくてもいいだろう? 保はいいやつだ。ここにいる間は仲良くしてみないか。おまえ友達少ないんだから」 「いやです。あんなちんちくりんのどこがいいのか……僕にはわかりかねます」
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