とんだ出会いだ

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とんだ出会いだ

 一目見て、やっちまったと背中を向けた。萬巳保(よろずみたもつ)はもくもくと湯気の上がる浴室で顔を真っ赤にさせてちらちらと後ろに目をやる。  なんで! 男湯に! 女の人がいるんだよっ!  慌てて出て行こうにも、気まずくて体は硬直している。当の本人は気づいていないのか鼻歌まじりに体を洗っているらしい。なんて言おう。すみません、間違えました? すみません、ここ男湯なんですけど? どれも間違った回答のようで頭がぐるぐると回っていく。 「あ、すみません。お掃除の時間ですか?」  ぎくっと肩を跳ねさせて、保は声だけハキハキとさせて喋る。 「あ、いえ、ごゆっくりドーゾ」  最後の方はカタコトだ。もういいやと馬鹿らしくなってズカズカと浴室から出て行こうとすると、なぜか足元に転がっている石鹸に足を滑らせてゴンっと音がなるほど膝を打った。  なぜそこにお前がいるんだ! 馬油石鹸!   痛む膝をさすって立とうとするも、無様に滑ることしかできない。一人で慌てているのが恥ずかしくなって、ムキーっと声にならない叫びを心の中で上げているとすぐ後ろに人の気配がした。  嘘だろ。おい。  女性の体を見ないように、「すみません。すぐに出て行きますんで」と繰り返すが、一人では立てそうにない。さすが地元の最高級の馬油石鹸。なんて考えてる余裕はなくてーー。 「お手をお貸ししましょうか?」  優しい声でそう言われると、振り返ってしまうじゃないか。俺は悪くありませんよ。あなたが悪いんですよ。そう一人ごちりながらゆっくりと後ろを振り返った。
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