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背中の下の方がしつこく痛むようになった。疲れからくる腰痛か、と思っていたが、週末ゆっくり寝ても消えない。
さすってみると、なんだか腫れらしきものもある。骨だか筋肉だかの痛みではなく、肌にできた腫れから痛みがひびいているらしい。
風呂場で鏡を使って確かめてみると、腰あたりの背骨に、握り拳大のはっきり黒ずんだ部分がある。表面には奇妙な皺が寄り、不定形に盛り上がって勝手にぷるぷる震えている。
いや、ただの皺ではない、目蓋と、鼻筋と唇、に、見える。
これはもしや、昔何かの本で読んだ、人面瘡——
「——こんにちは。」
できものの顔がにやり、と歪み、皺がれ声を出した。
「しゃ、しゃべるのか……」
「おや、ご存じない? お祖父様から何も伝わってませんかなあ」
「じいちゃん?」
驚く俺に、人面瘡は愉快そうな声で、ばか丁寧に答えた。
「私しゃ、貴方のお家に受け継がれてる者でして。この度は貴方の父方のお祖父様から、こちらに引っ越して参りました次第で。」
息を呑む俺を見て、人面瘡は一層嬉しそうな顔になった。
「聞いたことないぞ、そんなの!
——いや待て、じいちゃんからって、じいちゃんまだ生きてるんじゃ? 昨日電話で話したばっかりだし……あの後死んだの⁉︎」
「いえいえ、お元気ですとも。」
俺は前の夜の電話を思い出した。腰の痛みに呻きつつ、能天気な老人の高笑いを聞いたのだ。なんだ若えのに腰痛? そんなのとっとと治して、お前も早く嫁貰えー、だのなんだの——その声は正月に話した時よりよほど元気そうだった。
「そらお元気でしょう、長年のできものがきれいさっぱり無くなったんすから——まあ、私のことなんですがな! エエ、お身内に引き継いで頂いたお陰で、さっぱりと!」
「——ちょっと待てよ。他の奴に移さないと治らないの?」
「そういうことですー! 分かりやすいですねえ!」
「やだよ、とっとと出てってくれよ!」
「そう言われましても。ちなみに貴方、お子さんは」
「いる訳ないだろ、独身だよ!」
「じゃ、これから作れば良いだけですなあ。私も、若いぴちぴちしたのに憑いてる方が気分良いですし。」
くそじじいめ、自分の腰痛を俺に押し付けたのか! それが孫にすることか!
しかし。祖父を罵りながらも、俺は、初めて本気で婚活を考えた。
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