メジオの芸能人

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メジオの芸能人

私はうまく喋れない。 言葉を口から出そうとすると、一言目がいつもつっかえる。 いつからそれが始まったのか、もうあんまり覚えていない。思い出したくないだけなのかもしれないけど。だけどそれが原因で、中学ではクラスメートから軽いいじめを受けたこともある。 問題を当てられる発表なら、まだ無言でも許される。全くわかりません、という意思表示とも取れるからだ。だけど、音読は違う。全くわからない、が通じない世界。 つまり、音読の時間は公開処刑だ。 なぜ先生は、ひとりづつ教科書を口に出して読むという行為を課してくるのだろう。 こういう時切実に思う。 あぁ、生きにくいなぁ、と。 「いやぁ~、ささくらってば、まじ最高!私毎回ささくらの番心待ちにしてるわ!」 四時間目の古文の授業が終わり、昼休み開始のチャイムと同時に、矢島果南子が弁当を持って私に走り寄ってきた。 ささくらとは私のあだ名である。本名は高崎さくら。一言目がつっかえるその病気のせいで、「ささくら」と呼ばれている。そしてこのあだ名は、皮肉なことにこの親友の果南子が命名し、今ではクラスメート全員からそう呼ばれている。 「も、もう、やめてよ!わ、私だってやりたくてやってるわけじゃないんだし」 「ごーめんごめん!てか、そんな怒ってたらお腹すかない?ちゃっちゃと昼ご飯食べて、また例のアレ見に行こうよ!」 果南子は良くも悪くも軽い。 でも私はそんな果南子の軽さに救われている気がする。私が高校では「いじめられキャラ」ではなく「いじられキャラ」で済んでいるのは、きっと果南子のおかげなんだと思う。 私は果南子に「もう、しょうがないなぁ」と言う表情で首を縦に二回振る。 「やったぁー!早くしないと、時間がもったいないよぉ!」 果南子は弁当箱に口を付け、箸で流し込むようにシソで染まった紫色のご飯を頬張った。 華奢で女の子らしい見た目とは裏腹に、果南子は豪快である。大きな声で手を叩いて笑うし、捲し上げたスカートを股の間に挟んであぐらをかく。ご飯を食べるスピードは男子並みだ。 ただ、それはある特定の人物が居る時を除いて、である。 果南子と私の最近の日課は、昼食後の昼休み、その人物に会いに、というか一方的に見に行くことだ。屋上までの道のり、果南子はその人物についてのWikipedia並みの情報を、私の脳が追い付かないスピードでプレゼンしてくる。 ドアを開けた瞬間、強い日光と風圧で軽い立ちくらみを覚えたが、果南子はそんな私に構わずフェンスに走り寄った。 「きゃ~!やっぱ眼福ですわ!」 抑え気味に声を発しつつ、テンションがあがっていることを隠さない果南子が、やっと到着した私の背中をバシバシと叩いてくる。 目で追っているのは、中谷慶悟。 サッカー部のエースで、目白丘高校でベストスリーを争うイケメンらしく、観客はもちろん私たちだけではない。彼がボールに触れるたび、フェンスに張り付く女子が黄色い声をあげている。 昼休みのお遊び程度のサッカーだが、他の男子がおちゃらけているのに対し、彼は何かが違った。そういうクールなところも女子に受けているのだろう。 「サ、サッカー上手いしあんなにかっこいいのに、なんで彼女いないんだろうね」 「それは女子の夢を崩さないために決まってるでしょ!メジオの芸能人なんだから!」 目白丘をメジオと略すのにまだ慣れていない私は、メジオの芸能人というワードだけで、彼はすごい人なんだろうなと思った。 ふと視線を戻したその時、彼の眼差しに陰が射している気がした。 果南子は気付いていないようだった。
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