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anna
学校が終わり家に帰り着いた私は、自分の部屋のある二階へ駆け上がった。
そしてパソコンを立ち上げ、色々と準備に取りかかる。
マイクの音を確認する。
「アーーーアーーー」
頼まれていた曲をそろそろアップしないとと思いつつ、結構先伸ばしにしてしまった。前回アップした曲は、またもや再生回数を更新しており、コメントには「次回はこれをお願いします」といったリクエストが来ていた。
人気動画投稿サイトに投稿していてる歌い手『anna』が私であることは、誰にも言っていない。もちろん果南子にも秘密である。果南子曰く、annaを知らない中高生はいないらしい。その人気者のannaが私だと知ったら、みんなどんな顔をするのだろう。
声を発するたびに、クスクスと笑う女子。わざとらしく大袈裟に吹き出す男子。私は中学校時代を思い出し、心臓が大きく波打ったのを感じた。
高校で果南子と出会っていなかったら、今も同じ思いをしていたのだろうか。
ヘッドフォンを着け、目を閉じる。
---「さくらはほんとに歌が上手だね。将来歌手になったら衣装を作ってあげるからね」---
心臓が落ち着いたのを確認し、私は録音のスイッチを入れた。
無事に収録が終わり、一段落したと思った時、携帯が震えた。母からメッセージだ。
「仕事が長引いてしまい、今日は帰れそうにありません。ご飯は冷蔵庫にあるもの適当に温めてタベテネ」
おそらく最後は「食べてね」と打ちたかったんだろう。母は何かと締まらない人だ。本人は完璧にこなしているつもりでも、粗を隠しきれていない。金曜日の夜、残業で帰れない日に「いってきます」と出ていく彼女の姿は、決まって『母親』ではなく『女』だった。たぶんそういうことなんだろうと、子供ながらに察していた。
うちは何の問題もない。
何の問題も。
夕食後、部屋に戻ると早速アップした動画のコメントが来ていた。
百近く来ているコメントの中で、ある一人のコメントが目に止まった。何も言葉が書かれておらず、たったひとつ桜の絵文字だけが押されていたのだ。
・・・この人、どうして私のこと知ってるの?
ドクンと心臓が波打った。
素早くそのコメントの主『アイザワ』のページに飛び、ダイレクトメッセージを送った。
「あなたは誰」
するとすぐに返事が返ってきて、私の心臓はまた揺さぶられた。
「コンニチハ、ささくらさん」
その日から私は、アイザワと名乗る女性とやり取りを始めた。
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