anna

1/1
前へ
/23ページ
次へ

anna

学校が終わり家に帰り着いた私は、自分の部屋のある二階へ駆け上がった。 そしてパソコンを立ち上げ、色々と準備に取りかかる。 マイクの音を確認する。 「アーーーアーーー」 頼まれていた曲をそろそろアップしないとと思いつつ、結構先伸ばしにしてしまった。前回アップした曲は、またもや再生回数を更新しており、コメントには「次回はこれをお願いします」といったリクエストが来ていた。 人気動画投稿サイトに投稿していてる歌い手『anna』が私であることは、誰にも言っていない。もちろん果南子にも秘密である。果南子曰く、annaを知らない中高生はいないらしい。その人気者のannaが私だと知ったら、みんなどんな顔をするのだろう。 声を発するたびに、クスクスと笑う女子。わざとらしく大袈裟に吹き出す男子。私は中学校時代を思い出し、心臓が大きく波打ったのを感じた。 高校で果南子と出会っていなかったら、今も同じ思いをしていたのだろうか。 ヘッドフォンを着け、目を閉じる。 ---「さくらはほんとに歌が上手だね。将来歌手になったら衣装を作ってあげるからね」--- 心臓が落ち着いたのを確認し、私は録音のスイッチを入れた。 無事に収録が終わり、一段落したと思った時、携帯が震えた。母からメッセージだ。 「仕事が長引いてしまい、今日は帰れそうにありません。ご飯は冷蔵庫にあるもの適当に温めてタベテネ」 おそらく最後は「食べてね」と打ちたかったんだろう。母は何かと締まらない人だ。本人は完璧にこなしているつもりでも、粗を隠しきれていない。金曜日の夜、残業で帰れない日に「いってきます」と出ていく彼女の姿は、決まって『母親』ではなく『女』だった。たぶんそういうことなんだろうと、子供ながらに察していた。 うちは何の問題もない。 何の問題も。 夕食後、部屋に戻ると早速アップした動画のコメントが来ていた。 百近く来ているコメントの中で、ある一人のコメントが目に止まった。何も言葉が書かれておらず、たったひとつ桜の絵文字だけが押されていたのだ。 ・・・この人、どうして私のこと知ってるの? ドクンと心臓が波打った。 素早くそのコメントの主『アイザワ』のページに飛び、ダイレクトメッセージを送った。 「あなたは誰」 するとすぐに返事が返ってきて、私の心臓はまた揺さぶられた。 「コンニチハ、ささくらさん」 その日から私は、アイザワと名乗る女性とやり取りを始めた。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加