アイザワ

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アイザワ

週末はいつも暇だった。 果南子はバレー部に入っているため、休みの日に会うことはほとんどない。 いつもならゴロゴロしたり、マイペースに次の動画の準備したりしているところだが、今日は違った。 動画サイトを通じてアイザワと知り合ったその日から、やりとりはトントン拍子に進み、「いきなりだけど今度の日曜日にお茶でもどう?」と言われた。 最初はかなり戸惑った。でも、私を知っているアイザワがどんな人間なのか、この目で確かめてみたい気もする。 アイザワとのやり取りで得た情報はこんな感じだ。 アイザワは女の子であり、どうやら私と同じ目白丘高校の一年生らしい。クラスは不明だが、会話からすると同じクラスではないような気がする。何度か学内で私とすれ違って、どこでそう感じ取ったのかはわからないが「同じにおいがする」「仲良くなれそう」と思ったらしい。 あと、甘いものやふわふわしたものが好きという情報から、なんとなくイマドキの女子高生というイメージを抱いた。「可愛い!」と思うものならなんでも写真に納め、可愛さを際立たせるような加工を施し、SNSにアップする。そんなイマドキ女子がなぜ私なんかに。 待ち合わせ当日、私は万が一を考えて、アイザワが現れてから待ち合わせ場所に行くことにした。待ち合わせ場所である河童のオブジェが見えるカフェに、時間の十五分前から待機した。 コーヒーを頼んだが、緊張からなのかあまり味を感じず、なんだか胃がムカムカしてきた。 違うのにすればよかったかな。 そんなことを思いながら、オープンテラスからぼーっと外を眺めていると、河童に向かって歩いている女の子に目が止まった。 白色のレース付きの日傘。傘に隠れて上半身は見えないものの、全体的にフリフリしてやたらボリュームのあるパステルブルーの服。大きなリボンのついた黒の厚底サンダル。 イマドキ女子とは程遠く、まるで不思議の国から出てきたような個性際立つ装いの彼女を、一目見て直感で「アイザワだ」と思った。 私はアイザワに駆け寄った。 「ア、アイザワさんですよね?」 アイザワと思われる人物が振り向いた瞬間、思わず私はぎょっとした。 彼女は左目に白レースの施された大きめの眼帯をして、右目には真っ赤なカラーコンタクト、唇も真っ赤な紅で彩られていた。 派手で奇抜なメイクだったが、なんだか人形のように綺麗な人だなと思った。 アイザワは目を細め笑ったかと思うと、私の手を引いて「ついてきて」と一言だけ放った。手も声も、なんだかひんやりとしていたが、私は不思議と嫌ではなかった。 人通りの多い街中。いかにも不釣り合いな私たちが手を繋いで歩いている。 通りすがる人たちが私たちを見ては振り替えり、クスクスという笑い声も聞こえてくる。だけど不思議と不快感はなく、むしろどこか高揚している自分がいた。 手を引かれるがまま二十分は歩き、人通りの少ない路地裏に入り、五軒先の古びたビルの二階に着いた。『メイド喫茶かくれ家』と手書きで書かれた、小さなプレートがかけられたドアを目の前に私たちは立っている。 「ここ、私のバイト先。今日は私の奢り。楽しも!」 言われるがまま、店内に入ると「いらっしゃいませご主人様」という、なんともベタなセリフが聞こえてきた。中のメイドが一人、アイザワを見て駆け寄る。 「アイザワさ~ん!休みなのに遊びに来てくれたんだ!今日はゆっくりしっててよ~!」 『スズミヤ』と書かれた名札を着けたそのメイドは、よく見ると若くはなさそうだった。 店内にいるお客は、私たちの他に黙々と読書を嗜むスーツ姿の男性がひとり。ここはよくあるメイド喫茶とは違って、お客さんが追加でお金を払うようなサービスはない。ただメニューにある食事やドリンクを、メイドの格好をしたスタッフが配膳するだけのようだ。 私たちは通された席に座り、私はミックスジュースを、アイザワは何も頼まなかった。 メニュー表をメイドに返しながら、アイザワは話し始めた。 「ささくらさんって、いつから声出ないの?」 あまりにも唐突すぎる質問で、私は思わず眉間にシワを寄せてしまった。 「あ~ごめん。なんか、私の友達にもいたのよね。いきなり声が出にくくなっちゃった子。色々問題抱えてる子だったから」 いつからそれが始まったかなんて私は覚えていない。 覚えていない、つもりだ。 私は悟られないように深呼吸をし、「そ、そうなんだ!お、覚えてないなぁ。うう、生まれつきだと思う」と笑って見せた。 アイザワは急に真顔になり、私は見透かされたと感じた。 そして無理やり口角を上げ「そっか、私の思い過ごしね」と笑ったあと、「でも、ちゃんと居場所を見つけたみたいで、良かった」と付け足した。 何が『でも』なんだろう。 この子は何か知っているのだろうか。 それから、私とアイザワはたわいもない話で盛り上がったりした。 そろそろ帰ろうかと立ち上がった時だった。 男性客が二人入ってきて、その一人とたまたま目があった瞬間、私は思わず声が出そうになった。と同時にその男性がパッともう一人の腕を離し、その動作でそれまで腕を組んでいたことが明らかになった。 驚きを隠せない私に、アイザワが人差し指を口に当てる。 「ここは、『かくれ家』だから」
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