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普通
気づけばアイザワのことばかり考えている。
そういやあの時。
店を出る時に起きた出来事のインパクトが強くて、それまでの出来事が上書きされつつあったけど、私はたわいもない会話に混ぜて、核心に触れる質問をした。
「そ、そういや、な、なぜあなたは私がannaだとわかったの?」
「・・・勘かな。私そこらへん鋭いの。」
大きく見開いた赤目のアイザワに見つめられると、それ以上は何も聞くことができなかった。
だけど、正体がバレてしまった今、もうその過程には興味がないし、相手がアイザワだったら別に構わないと感じている自分もいた。
なぜこんなにも彼女には心を許してしまっているのだろう。私は、不思議でたまらなかった。
まだ一度しか会ってないのに。
もう一度アイザワに会いたい。もっと彼女のことを知りたいと思った。
「また一緒に、あそこに行きたい」
私はメッセージを送った。
「私もそう言おうと思ってた」
私は思わず、「やったぁ!」と叫んだ。自然と涌き出た声は、喉元をするっと通って音になる。この心地よさに乗っかって、私は新しいリクエスト曲の収録準備に取りかかろうとした。
その時、果南子から着信があった。
喋るのが苦手だと知っているから大体はLINEでやり取りをしているのだが。珍しい。
私は恐る恐るスマホを耳に当てた。
「あ、ささくら!?ちょっと聞いてよ、私すごい情報手に入れちゃった!何も話さなくていいから聞くだけ聞いて!」
果南子の嫌悪感丸出しの声から、何だか嫌な予感がした。喉が詰まる。
「今日、中谷くんが大学生くらいの男の車に乗るとこを結乃が見たって!それがペアルックだったらしくてさぁ!だから・・ッ」
私は堪らず口を挟んだ。
「そっ、それは何も変なことじゃないよ。なな、仲がいいだけなんじゃない?べ、別に普通のことだと思う。」
「・・・えっ!?・・・そうかなぁ?う~ん、確かに言われてみれば・・・」
そっか~そうだよね~と電話の向こうで笑っている果南子を確認し、私は胸を撫で下ろした。
「私と結乃はてっきり、中谷くんがゲイなんじゃないかって話してたんだよぉ!そしたら超ドン引きレベルのビッグニュースだよね~って!!でもペアルックイコールゲイだなんて、私たちも深読みし過ぎたかなっ!そういや、K-islandのイェジュンとシホもインスタでペアルックあげてたしね!あ、もしかして中谷くんってインフルエンサー!?」
一人でゲラゲラ笑ったかと思えば、「私は中谷慶悟を信仰し続けることを誓います!」という謎の宣言をし、果南子は電話を切った。
咄嗟に『普通のこと』だと言ってしまったけど、果南子にとって同性同士で付き合うことは普通じゃないのだろうか。しかし、私もあのとき驚きを隠せなかったのは事実である。
人は結局、自分のなかにある物差しでしか物事を測れないから仕方がない、と言い聞かせる。
ん・・・?ちょっと待って。大学生くらいの男?私が見た時は、もっと年上の男性だった気が・・・
人差し指を口に当てたアイザワが浮かんだ。
私は急いでメッセージを送った。
「今からあそこで会える?」
人のプライバシーなんだから放っておいた方がいい。頭ではわかっていた。だけど。
私はアイザワに何かを肯定して貰いたかったんだと思う。
返事はすぐに来た。
「大丈夫よ」
帰宅したまま、まだ制服姿だった私は、急いで私服に着替えて例の場所へと向かった。
似合わないとタンスの奥に仕舞っていた、ちょっとだけガーリーなワンピースを着て。
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