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記憶
私には、良くない記憶は思い出さないようにする癖がある。
それもあり、あの後どうやってアイザワと別れたかは覚えていない。
ただ、少しだけ記憶としてぼんやり残っているのは、私はあの時、自分でも不思議なくらい強引だった。
あれからアイザワとは一ヶ月近く連絡を取っていない。
取っていないというか、正確に言えば、返ってこなくなった。
そうこうしているうちに高校は夏休みに入った。
唯一の楽しみだった、趣味の『歌ってみた』にも、随分と触れていない。週二で動画をアップしていたのもあって、前回挙げた動画のコメント欄には「annaは死んだ説」が広まっていた。
もういっそ、このままほんとに死んだことにしておこうか。
私は何に対しても無気力になっていた。
一日中ベッドから出ない日もあった。
私の部屋は日当たりが悪く、昼間でも暗い。カーテンを閉めずっと布団のなかにいると、時間の流れがわからなくなる。今は朝なのか夜なのか、学校もないので曜日感覚も狂っている。
母はもう、『残業で帰れない』メールを入れずに、『勝手に朝帰り』するようになった。締まらない人から、締めることを諦めた人へと進化したのだ。
元々母に対して興味がなかったので、だからといって何かが変わることもなかった。
うちは何の問題もない。
そう自分に言い聞かせる。
私が言葉を上手く喋れなくなったのも、きっと生まれつきなんだ。
その時。
---「さくらはほんとに歌が上手だね。将来歌手になったら衣装を作ってあげるからね。」---
ふと誰かの声が蘇った。
私が歌を歌う前、毎回誰かが話しかける。
一体誰なんだろう。
私は何も覚えていない。たぶん。
急に胃酸が逆流するような感覚が襲ってきて、咄嗟に私はゴミ箱に顔を突っ込んだ。
何も食べていないので固形物は出ない。
私は胃液を吐き続けた。
鼻までこみ上げてきたそれは、ツンと頭に刺激を走らせる。
しばらくすると治まったが、顔や身体は冷や汗でべっとりと湿っていた。
こんな時、家で一人きりなのはやっぱり心細い。
その時またあの声が聞こえてきた。
---「さくら、大丈夫?良くなーれ!良くなーれ!」---
思わず耳を塞いだ。
オボエテイナイ、オボエテイル。
オモイダシタクナイ、オモイダシタイ。
気持ちが振り子のように揺れ動き、それに酔ってしまったみたいだ。
今日はしばらく横になろう。
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