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声のする方へ自然と足が向かう。
いつもとは違う雰囲気を纏った、ラフな格好の彼がそこにいた。スウェットパンツには大学名のロゴが入っている。
そっか。確か、以前フットボールサークルに入っていたと話していたような。
長身でスタイルのいい彼は、集団の中でも異彩を放っていた。
しかし。
見つけて貰おうと手を挙げた、その時だった。
「遼人!」
一人の小柄な女子が彼に駆け寄り、その手を取った。
挙げた片手がゆっくりと下がっていく。
「飲みすぎて気分悪ーい。」
「美月、うち泊まってく?」
「えー、どうしようかなぁ。」
彼の手が、指が、その女の頭に触れ、クシャっと髪を撫でながら耳元で何かを囁いていた。
胸が締め付けられるほどの、綺麗な横顔だった。
瞬時に女の頬が紅潮する。
そして、握っていた手を離したかと思えば、照れるような表情のあと顔を埋めるようにして腕にしがみついた。
若くて、可愛くて、お洒落で、キラキラした子だった。
負けたどころか、勝負にすらなっていないじゃないか。
遠目で見てもお似合いなその男女は、私の存在に気付くことなく、アパートが建ち並ぶ方へと消えていった。
私は、彼の家も、下の名前さえ知らなかったんだ。
「なんだ、おばさんじゃん。」
数分前の男の言葉が、脳内で再生される。
欲求不満のおばさんの相手をしてあげただけ?
徐々に心臓の鼓動が早くなっていくのが感じられた。次第に呼吸が苦しくなる。
全部全部、嘘だったの?
いい加減にして。
ふざけないでよ。
不快な汗が一瞬にして全身を覆う。
その瞬間、下腹部に猛烈な痛みが走った。
そのまま、私は意識を失った、らしい。
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