酔いどれ

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酔いどれ

うぉえっ という音と同時に長い指がするっと抜け、胃のなかのものが勢いよく流れ出た。 「やっと吐けましたね。」 自分から込み上げてきた酸っぱい臭いを放つそれを見せまいと、私は便器に顔を突っ込んだままだった。 背中をさすってくれているその手は、今日出会ったばかりのものとは思えないほど、なだらかに適合して、接触部分からじんわり熱を帯びてくるのがわかる。 「もう、大丈夫だから。」 流水レバーを引いた後も、私はしばらく顔を上げることができなかった。 「飲めないのに飲んじゃうから。まぁ、飲ませちゃったのは俺なんですけどね。」 ハハッと悪気なく笑うと、あっちで待ってますねと彼はその場を去っていった。 一軒目のフレンチで大人しく帰るべきだった。せっかく素敵なお店を予約してくれていたのに。あぁ、みっともない。 それにしても。 確認するかのように私は自分の指を口に含んでみた。 ぬめっとした生温かい感触が妙に生々しく思えて、咄嗟に我に返る。 さっきまで他人の指がここより深いところまで入っていたのだと思うと、急に頬が熱くなった。 ポケットに入っていたスマホが振動し、ビクッと体が動いた反動で現実に戻る。 開くと夫からだった。 動画が添付されており、おそるおそるタップするとそこには「じゃ~ん!」と得意気にケーキを見せる娘の愛花と義母が映っていた。 「おばあちゃんが買ってきてくれたよ!ママお友達と旅行楽しんでね!」 送られてきたのは三時間前。まだ私が前菜のオリーブを口に運んでいたときだ。 なんでこんなときに...。 きっと私は今とても具合の悪そうな顔をしているだろう。 天罰が下ったのだと思った。 久しぶりに会う友人と温泉旅行に行くと偽り、SNSで知り合った大学生に会いに行ってしまったこと。 そしてその大学生と、こんな時間まで一緒に過ごしてしまっていること。 現を抜かしていたさっきまでの自分はどこへやら、私は『いいね!』と微笑んでいるうさぎのスタンプを返すと、冷静な頭となるべくしっかりとした足取りで、彼の待つ方へ向かった。
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