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「なぁんて。」
「大人をからかうのは良くないですよ。」
一瞬ドキリとしたのを悟られまいと、間髪入れずに放ってやった。余裕を持て。私は、彼より十も年上じゃないか。
「からかってなんかないです。俺だってもう立派な大人ですから。だけどさすがに、既婚者に好きとか、確かにそれはまずかったですよね。撤回します。気にしないでください。」
告白とは、それほどすぐに撤回できるものなのか。そして、気にしないでと言われてそれができるのなら、私はたぶん人間じゃない。
彼はずるい。
私は手を横に広げた。
「最後に、ハグ、しません?」
なぜそういう行動を取ったのか、自分でもわからない。ただ、このまま健全に別れると、本当に撤回されてしまう気がした。何か、何でもいいから、爪痕を残したかったんだと思う。
結局、私もずるい。
彼は一瞬の躊躇いを見せた。しかし、同じように手を広げながら私の腕の中に入ってきた。
「最後、じゃないです。」
服越しに伝わる温かい体温。
柔軟剤だろうか。ふわりと、香水よりも柔らかい香りが鼻先をかすめる。
華奢に見えていた背中がこんなに広い。ゴツゴツとした骨格はやはり、彼がしっかり大人の男性だということを思い知らされる。
背中に回されているその指は、ほんの少し前まで私の喉奥の粘膜を突いていたものだと気づかされ、熱くなる。
深夜零時過ぎ。
バーの出入り口で抱き合っている男女。旗から見るとただの酔いどれ。
私たちは、たぶん互いに酔っている。
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