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送っていくよ
ついてない時はとことんついてない。
帰ろうとした蜜を同じ委員会の先輩が呼びに来たのだ。
「ごめん、急に人手が必要になって!」
眼鏡をかけ真面目そうな雰囲気の先輩は吉崎という図書委員長だった。頼まれたら断れるはずもない。
「大丈夫です」と精一杯の笑みを浮かべて彼の後に続いた。
蜜は部活には入っていなかった。
特にやりたいと思えるものもなかったし、自宅が少し遠いというのも理由だ。
かわりに図書委員として活動することにした。
元々本が好きだから苦ではない。
先輩たちも本が好きで物静かな人たちが多いから、居心地も良い。
放課後の図書室に来るのはだいたい似たような人に限られているし、仕事の合間に本を読めるのも気に入っていた。
「ごめんね。今日の当番だった子が途中で具合が悪くなって早退したみたいでさ。みんな塾で忙しいってなかなか変わってくれる人が見つからなくて」
何も悪くないのに謝ってばかりの先輩を安心させたくて蜜は柔らかく微笑んだ。
「特に用事もなかったですし。問題ありませんよ」
ただでさえ整った顔で微笑む蜜の破壊力に先輩は一瞬だまり、その後顔を真っ赤に染めた。
「そ、それなら、いいんだ。僕と一緒で申し訳ないけどよろしく頼むよ」
「こちらこそ」
春の風に大きなカーテンが揺れる。
並んでカウンターに腰を掛けながら静かな図書室独特の空気に包まれていると、さっきまでのイライラも収まっていくようだった。
あのまま帰宅していたら引きずっていたかもしれない。
こうやって気晴らしが出来てよかった。
貸し出しや返却の手続きをしているうちに気分は元通りになっていた。
読みたいと思っていた本が入荷したのも蜜の機嫌をよくした。
だから委員会が終わって帰ろうとした玄関先で周防とばったり会った時も、普段通り接することができた。
「あれ? 委員会?」
「そうです。先生も今帰りですか?」
「遅くまでお疲れさんだなあ。」
指に引っ掛けている車の鍵がチャリっと音を立てた。
周防は、あ、という顔をしてから蜜に提案した。
「今日のお礼に送っていこうか」
「え、先生が?」
「そ。蜜の家って確か遠いよな。これから帰るの大変だろ。送ってく」
どうしよう…と迷っていたら先輩が後から追いかけてきて一緒に帰らないかと声をかけてきた。咄嗟に、予定があるから今回は遠慮すると答えていた。
周防が、おっと目を開く。
名残惜し気に振り返りつつ帰っていく先輩を見送って、蜜は小さく頭を下げた。
「お願いします……」
「よし。こっそり乗れよ」
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