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教師というひと
高校に入ってびっくりしたことの一つに教師との距離の近さがあった。特に担任の周防とは歳も近いせいか、みんなが気さくに話しかけている。
「レオくん、これ知ってるー?」
太一が耳に差し込んでいたイヤホンを片方とって、そばにいた周防の耳に差した。
「えー知らんかった、いいね、これ誰?」
突然耳に突っ込まれても動じず、周防は太一の隣に寄り添って音に体を乗せている。
蜜にはなかなかできないことだった。
どちらかと言えば人見知りをしがちで、距離を詰めるのは苦手だ。裕二と太一は向こうからきてくれたからすんなりなじめただけだ。
「おーいレオくんこの問題がわかんないわ」
教室の扉が勢いよくあいて知らないクラスの奴もやってくる。
周防はフットワークも軽く、イヤホンを太一に返すと今度はそっちへと向かっていく。
こんな教師もいるんだなと蜜は視線で追いかけた。
中学の先生と言えば厳しく、躾けてやろうと高圧的な教師が多かった気がする。周防のような先生に会ったのは初めてだった。
ふいに周防が振り返る。
なんとなく眺めていた蜜とバチっと目が合った。ふと目元が和らいで、コイコイと手を振られた。
「ぼく?」
自分の鼻を指さして首を傾げると、そうだと頷く。
「ごめんな蜜、頼まれてくれない?」
周防は蜜を名前で呼び、お願いと手を合わせた。
「教務室に忘れ物しちゃったの思い出してさ、持ってきてくれないかな」
「……なんでぼくが」
「目が合ったから。あと、蜜なら安心して頼めそうだから」
そういわれてしまうと頑なに断るのもかっこ悪い。
蜜は手を出すと「鍵ください」と言った。
「何を持ってくればいいんですか」
「次の授業で使う資料なんだけど、こういう細長い巻物みたいなやつ。机の上にあるからすぐわかると思う」
「巻物……」
聞きなれない言葉を繰り返すと、周防は頷きながら笑みを浮かべた。
「ちゃんとお礼するから。ごめんな」
手の上の鍵は周防の体温で温かくなっていた。
裕二が気がついて一緒に行こうかと言ってくれたが、一人で平気だと答える。
廊下を進んで振り返ると周防は真剣な顔で聞かれた問題に答えていた。
こんな休み時間くらい自由に過ごせばいいものを周防はなるべく教室にいて生徒とかかわろうとしていた。
授業でわからなかった問題もいつでも聞きに来いという。
見た目の頼もしさから想像するより包容力のある周防に、蜜もいつの間にか心を許している。
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