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それは本当に偶然のこと。
深々と雪降るこの町の、如月の暦にフローズンヨーグルトのお店を営む風変わりなその人は、紛れもなく「先生」だった。
「僕のこと、覚えていないんですか?」
「さあ。記憶はあえてしないんです。人生で出会う人のほとんどは、二度と会わない人ですから」
学への素っ気ない態度とは対照的に、今朝降った雪をかき集めてきたみたいに真っ白なアイスの上にいちごやベリーなど、彩り豊かなフルーツをそっと優しくのせていく。差し出されたそれをスプーンで一口すくうと、甘いのにちょっと酸っぱいような。
外は身震いするほどに寒いのに、南欧を思わせる、ブラウンやオレンジのアクセントに白を基調とした小さな店舗の中で食べると妙に美味しい。
先生は学の初恋だった。あの頃、自分よりも十歳も上の女性というものがどんな生き物なのか、見当もつかなかった。先生は全然優しくなんかなくて、いつも怒っているのか、関心がないだけなのかわからないくらい不貞腐れた顔をして、教科書の難しい漢詩を読み上げた。
そんな調子で暗い色の服ばかり着るので付けられたあだ名は「笑わない女」。
ところが逃げたのだ。ある日突然に。
そのせいで学の初恋は完結しなかった。ハッピーエンドにも、バッドエンドにも。
「何言ってるの、それとっくに完結してるじゃない。バッドエンドよ」
店前でタバコをふかし、長い黒髪のポニーテールを揺らしながら先生は冷たく言い放つ。
「初恋の話なんてやめなさい。淡いくせに辛くて苦しくて、言葉にできない想いっていうの。そして、いつの間にか消えていく。呪いみたいに心に巣食うのよ、その先もずっと。そんなもの丸めてとっとと捨てちゃいなさい。燃えるゴミは明日よ」
ところが翌日、学は「初恋」を燃えるゴミには出さなかった。リサイクルすることにしたのだ。
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