01.赤い射影

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「少しばかり脱線したが、依頼の話に戻そう。報酬の話をしようじゃないか」 そう言って三谷は指を組んだ。 「報酬、ですか」 「いい値で出そう。これは旧友のよしみで言っているんだ。遠慮はしなくていいぞ」 気前よく言ったつもりだが、冷嶋は少しも驚いた様子を見せなかった。 「そうですか。では」 平坦な声のまま「いりません」と言った。 「何だって?」 「僕は別に、金儲けのためにやっているわけではないですから」 そんな淡々とした言葉を聞き、三谷は身を乗り出した。 「まさか依頼を断る、なんてことはないだろうな?」 「なるほど。それもヤブサカではないですね。どうしましょうか」 ふむと、冷嶋は考える仕草を見せてくる。 断られるのは、困る。 三谷はどうにか依頼を受けてもらおうと口を開こうとしたが、 「というのは冗談です」 真顔で冷嶋が言ったものだから、三谷はそのまま固まってしまった。 しばらくして三谷はわずかに目を細めた。 「……お前もそんな冗談が言えるようになったんだな」 「褒め言葉として受けておきます。何にせよ、依頼は受けますからご安心を。報酬は、そうですね。あえて言うなら、君が僕の目の前からいなくなることでしょうか」 なんて冗談とも本気とも取れる言をさらりと告げた。 冷嶋の手が撫でるような動きをした。 三谷は舌打ちしたくなった。どこまでも嫌味な言い方をする奴だ。 「前言撤回はさせないからな。後悔するなよ」 三谷はドンとソファーの背にもたれかかった。それほど大きくないソファーなのに、びくともしなかった。しっかり固定されている。 言動とは裏腹に根は生真面目な冷嶋のことだ。地震対策などは怠っていないのかもしれない。 「じゃあ、そうなるように早く突き止めてくれたまえよ、名探偵くん」 三谷はそう言って肩をすくめた。 「……というかな、ちょっといいか」 「何か?」 「最初から突っ込もうか迷っていたんだが、やっぱり言わせてもらおう」 三谷はそう言うと立ち上がって冷嶋を見下ろし、その膝の上をビシリと指差した。 「依頼中くらい、膝の上の猫をどうにかしたらどうだ!」 三谷を見上げた冷嶋は、気にも留めず、ゆったりとした動作で猫の背を撫で続けている。 なぁと猫が気持ちよさそうに鳴いた。 「しかも黒猫! ちょっと不吉すぎるだろうが!」 三谷の言葉に冷嶋が少しばかり眉をひそめた。 「君のほうがよっぽどふき……」 とここで、冷嶋はわざとらしく咳払いをした。 「失礼。フケツですよ」 「おいお前、今フケツって言った? なんで言い直しても失礼なの? 面白いことでも言ったつもりなのか?」 「さて、早速ですが」 三谷の苦言をガン無視し、改めてというように、冷嶋は指を組んで言った。 「──この女性について話を窺いましょうか」 気づけば、彼の膝の上にいた黒猫は姿を消していた。
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