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「少しばかり脱線したが、依頼の話に戻そう。報酬の話をしようじゃないか」
そう言って三谷は指を組んだ。
「報酬、ですか」
「いい値で出そう。これは旧友のよしみで言っているんだ。遠慮はしなくていいぞ」
気前よく言ったつもりだが、冷嶋は少しも驚いた様子を見せなかった。
「そうですか。では」
平坦な声のまま「いりません」と言った。
「何だって?」
「僕は別に、金儲けのためにやっているわけではないですから」
そんな淡々とした言葉を聞き、三谷は身を乗り出した。
「まさか依頼を断る、なんてことはないだろうな?」
「なるほど。それもヤブサカではないですね。どうしましょうか」
ふむと、冷嶋は考える仕草を見せてくる。
断られるのは、困る。
三谷はどうにか依頼を受けてもらおうと口を開こうとしたが、
「というのは冗談です」
真顔で冷嶋が言ったものだから、三谷はそのまま固まってしまった。
しばらくして三谷はわずかに目を細めた。
「……お前もそんな冗談が言えるようになったんだな」
「褒め言葉として受けておきます。何にせよ、依頼は受けますからご安心を。報酬は、そうですね。あえて言うなら、君が僕の目の前からいなくなることでしょうか」
なんて冗談とも本気とも取れる言をさらりと告げた。
冷嶋の手が撫でるような動きをした。
三谷は舌打ちしたくなった。どこまでも嫌味な言い方をする奴だ。
「前言撤回はさせないからな。後悔するなよ」
三谷はドンとソファーの背にもたれかかった。それほど大きくないソファーなのに、びくともしなかった。しっかり固定されている。
言動とは裏腹に根は生真面目な冷嶋のことだ。地震対策などは怠っていないのかもしれない。
「じゃあ、そうなるように早く突き止めてくれたまえよ、名探偵くん」
三谷はそう言って肩をすくめた。
「……というかな、ちょっといいか」
「何か?」
「最初から突っ込もうか迷っていたんだが、やっぱり言わせてもらおう」
三谷はそう言うと立ち上がって冷嶋を見下ろし、その膝の上をビシリと指差した。
「依頼中くらい、膝の上の猫をどうにかしたらどうだ!」
三谷を見上げた冷嶋は、気にも留めず、ゆったりとした動作で猫の背を撫で続けている。
なぁと猫が気持ちよさそうに鳴いた。
「しかも黒猫! ちょっと不吉すぎるだろうが!」
三谷の言葉に冷嶋が少しばかり眉をひそめた。
「君のほうがよっぽどふき……」
とここで、冷嶋はわざとらしく咳払いをした。
「失礼。フケツですよ」
「おいお前、今フケツって言った? なんで言い直しても失礼なの? 面白いことでも言ったつもりなのか?」
「さて、早速ですが」
三谷の苦言をガン無視し、改めてというように、冷嶋は指を組んで言った。
「──この女性について話を窺いましょうか」
気づけば、彼の膝の上にいた黒猫は姿を消していた。
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