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12.辿り着いた先
──ただただ黒い空間だった。
それでも三谷には、ここがどこだか分かってしまった。
ここは自宅、ダイニングルームの隣の部屋だ。
何故か開かずの間となっていた、三谷と妻椿の寝室。
全てが焼き尽くされた後の、成れの果て。
部屋の片隅に、ひび割れて煤けた姿見鏡があった。
三谷は引き寄せられるように、その姿見の前に立った。
そこに自分の姿は映らなかった。
違う、正確に言うなら、三谷が己だと認知できるものが映っていなかった。
それでも三谷は気付かされてしまう。
映っているのは赤と黒の異形。
全身が焼け爛れていた、自分の姿。
ひどく醜い姿を晒していた。
三谷は悲鳴をあげた。あげたつもりだった。
だが、声にもならない声が喉の奥で震えただけだった。声帯まで焼かれているのかもしれない。
三谷は衝動のまま、姿見鏡を強く押し倒していた。
鏡はガラス戸に向かって倒れたが、それだけには留まらず、その窓ガラスさえ突き破ってしまった。ガラスが崩れ落ちるように派手に割れ、寝室に散乱した。
風が吹き込み、ふわりと淡いブルーのカーテンが舞う。
外の月明かりが差し込み、少しばかり部屋の中が明るくなった。
割れたガラス戸からは、不気味すぎるほど綺麗な月が覗いていた。
三谷はそんな月を見つめ、呆然と棒立ちになっていた。
なにか、どこまでも強大な力に、逃がさないぞと執拗に監視されているような、そんな不気味な錯覚を抱いた。
そして、じわりとした嫌な予感が急速に広がっていく。
──逃げられなかった?
写真の呪いに、俺まで引き込まれてしまったのか。
何で、どうして──。
心の底まで見透かされるような、月。
ゆるゆると足が後ろに下がっていた。
その足が何か柔らかいものに引っ掛かった。三谷は反射的にそれを見下ろした。
──ああ、そうか。そうだったのか。
三谷はその瞬間、全てを悟っていた。
最初から、逃げられるはずもなかったのだ。
何故ならそれは、既成事実だったのだから。
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