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13.寂れた事務所
中学生のKは薄暗い部屋を恐る恐る覗くと、手にした懐中電灯を素早く走らせた。
ぼんやりとした小さな明かりが、部屋のなかを小刻みに動き回り、彼は少しずつ部屋の様子を探っていく。
十畳ほどの無機質な事務所は、不気味なほどの静寂をたたえていた。
「おい、何か変なとことかないか?」
そんな抑え気味の声が遠くから聞こえ、Kは振り返って廊下の向こうを見やった。
廊下の角から、同級生のTとYが顔を覗かせていた。
「ないよ。何の変哲もない、ただの事務所」
Kは強がって少し大きな声でそう言い、竦む足をおして事務所に足を踏み入れた。
この寂れた廃ビル。とある部屋には、出るらしい。
かつて探偵事務所の一室として使われていたというその部屋では、度々不可解な現象が目撃されるのだという。
話し声のような異音や、相次ぐポルターガイスト現象なんてありきたりな噂はまだ可愛いもので、挙げ句の果てには、あの世に引きずり込まれて戻れなくなるなんていう、一種の都市伝説のような怪談にまで昇華してしまっている。
尚この話は、そんな噂を聞きつけた同級生の連れ、いま廊下で様子を窺っているYから聞いたものだった。怖いもの見たさから出た言葉だろうが、大したものじゃないと嘯いたわりには、真っ先に誰よりもビクついていた。
足を踏み入れた者の人体にも影響が出るって、正直かなりヤバい場所なのではないか。
Kは薄ら寒い感情とともに部屋を見回した。
まさに今、自分はその曰く付きの部屋にいる。
「お前らも早く来いよ!」
Kは振り返らずに声を張り上げた。
そもそも、Kはこういった類の話があまり得意ではなかった。じゃんけんで負けたからって、なにも一人で行かせることはないだろう。一体なんの罰ゲームだと、そんなボヤきをぶつけたくもなる。
誰だ、修学旅行にまで来てこんな廃墟を探検しようなんて、能天気なこと言ったのは。にへらと笑ったTの顔が浮かんだ。いくら宿泊先の旅館から近いとはいえ、もっと他に行く場所があっただろう。
というより、本来この時間は夕食後の自由時間。……当然前提として、旅館内でという条件がつく。旅館を抜け出していることがバレたら、下手すると数日くらい停学になる恐れだってある。それは勘弁願いたい。
まぁ、そんな酔狂に付き合っている自分も同罪なのだろうけれども。まったく、とKは息をついた。
何もないことを確認したら、TとYを言いくるめて早々に退散しよう──。
Kは不意にさっと腕をさすった。
ゾクリと、にわかに鳥肌がたった。
なにか刺すような視線を感じた。
さっと視線をあげれば、小さな琥珀色の輝きが二つ、こちらを見つめていた。
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