14.呪縛にあるもの

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14.呪縛にあるもの

時間の流れは気紛れだ。 さすがに遡ることはなかったが、ずいぶん引き延ばされたり、かと思えば全速力で駆け去っていく。 バタバタと、(けたたま)しい足音が遠ざかっていったのは、一体いつのことだっただろう。 正直、時間の感覚もひどく曖昧だった。 冷嶋の視線の先で、事務所の開きっぱなしの扉がゆっくりと閉まった。 野次馬は、とっくの昔に姿を消していたのだろう。 慌ただしい叫び声が尾を引いて耳に残っている気もするが、黒猫が身軽にソファーに降り立ったのを見る頃には、もうどうでも良くなっていた。 「少々、やりすぎではないですか?」 冷嶋はそう曖昧に投げ掛けた。 「いいのよ別に。最近、面白半分にここに来る奴が多すぎるもの」 気づけば、隣に黒髪の彼女が腰掛けていた。 「それとも半透明じゃなくて、不気味なゾンビとかの方が良かったかしら?」 悪戯っぽく彼女の瞳が細められた。 「そこは正直どうでもいいです」 にべもなく冷嶋は答えた。 「冷たいなぁ」 彼女は頬杖をつき、むぅと少しばかり不機嫌そうな顔をした。 「そうやって度が過ぎるから、都市伝説になっているんじゃないですか。本末転倒ですよ」 それに、と冷嶋は床に視線を落として続ける。 「あれはトラウマになると思うのですが」 床に伸びていた少年が少しばかり不憫に思えてくる。 ちゃんと連れに回収されたようで、とっくの昔にこの場にはいないが。 大丈夫よ、と黒須は言った。 「目が醒める頃には、記憶も無くなっているわ。そうすれば、あれはただの怖い夢」 クスリと黒須は笑った。「まだ早いものね」 時々、彼女の意図がよく分からないことがある。 気紛れで妙な力をもつ彼女のことだ。彼女に見えているものの機微を冷嶋に知る由はない。 ──気がつけば、ソファーの上に黒猫がいた。 何かを求めるようにこちらを見上げていた。 膝の上の定位置に彼女を迎え入れ、おもむろにその背中を撫ではじめる。ふわりふわりと柔らかな毛並みを撫でるだけの緩慢な動作を、何度も、何度も──。 ふと、冷嶋は無表情のまま顔を上げた。 目の前のソファーに、先ほどまで話していた異形の姿がある。もたれかかるように座っているその男性は、全身が焼け爛れていて、ほとんど暗い影のように見える。 形を保っているのが不思議なくらいだと、冷嶋は密かに思っていた。 その彼が、満足げに笑ったのを冷嶋は感じていた。 そして目の前から彼の姿がフッと掻き消えた。 消えた後には何も余韻を残さない。誰もいない煤けた茶色のソファーは、途端に空虚さをたたえ始める。 「──逝きましたね」 冷嶋は、軽く息をついた。
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