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「どうしたんですか?」
冷嶋が訊いてくるくらいには驚いた顔をしていたのだろう。
三谷はゆるゆると顔をあげて、ソファーに座ったままの冷嶋とそばに控えている黒須を交互に見やった。
「お前たちには、これが見えないのか?」
「これとは?」
冷嶋から芳しくない反応が返ってきて、三谷は思わず写真を彼の鼻先に突きつけた。
「本当に、見えていないのか? こんなにも変貌しているというのに!?」
──いつの間にか写真の赤い影が増えていた。
真ん中にいる女性だという影からにじみ出た赤黒い影が、隣の男子生徒を飲み込んでいた。
まるで無機物が意思をもって蠢いたかのように、じわじわと得体の知れないものが侵食していく様を想像してしまい、三谷の腕に嫌な鳥肌が立った。
「まぁ落ち着いてください」
冷嶋が落ち着いた声音で言った。
こんな不気味な現象を前に落ち着いてなどいられないだろう、と三谷は反発しようとした。
だが、冷嶋にじっと見据えられていることに気づき、出かかった言葉が喉の奥に消える。シンとした空気が事務所を支配する。彼の冷えた言葉が三谷の腹の底に浸透していくかのようだった。
三谷はしばらく冷嶋を茫然と見つめていたが、自分がソファーから立ち上がっていたことに気づき、そのまま重力に任せてソファーにどぅと腰掛けた。
尻の下でスプリングが軋んだ音を立てた。
「三谷くん、君にはどう見えているのですか?」
改めてというように冷嶋がそう訊いた。本当に見えていないというのなら、ちゃんと説明するのが筋か。
そう思い、三谷は見たままの状況を冷嶋に伝えた。
「なるほど。写真の赤い影が少しずつ広がっている、と」
そうだ、とだけ三谷は言った。本当はもっと説明を続けたかったのだが、──三谷は視線を彷徨わせた。
「……お前、こいつの名前覚えているか?」
今しがた赤い影に塗り潰された男子生徒を指差して三谷は訊いた。
「さぁ、覚えていないですね」
冷嶋は間髪入れずにそう答えた。
そうか、と三谷は力なく呟いた。
中学時代の旧友の名前を思い出せないなんて、冷嶋もそして自分も、随分薄情な人間に思えてくる。
どうも気持ちが悪い。不気味だし、それに何かがつっかえているような、不快感がずっと纏わりついている。
三谷はそれらを吐き出すように大仰にため息をついた。そして再び写真に視線を落とし、無意識に異形を振り払うかのように、そっと指の腹で赤い影をなぞっていた。
その瞬間、ふわりと青臭い香りが鼻腔をくすぐった。
ハッとして彼はあたりを見回した。
──気づけば、目の前には薄暗い雑木林が広がっていた。
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