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03.不吉な末路
さわさわと頭上で揺れる木の葉の群れ。
その隙間からは心許ない木漏れ日が差し込んでいる。
あたりには木々が乱立しているが、少し視線をずらせば細々とした路が伸びていた。どこかには繋がっているのだろうが──。
「オジさん、ここどこ?」
すぐそばで不機嫌そうな声が聞こえ、三谷はバッと振り返った。足元で砂利がザッと嫌な音を立てた。
ツインテールの女性が佇んでいた。
黒須は無造作に腕を組み、どこか威圧的に眉をひそめていた。
どこか遠くから消防車のサイレンの音が聞こえてきたが、それもすぐに耳から消えた。
「し、知らん。俺だって何が何だか」
気がついたらこの場所にいた。先ほどまで事務所にいたはずなのに。冷嶋はいないのか?
「ダメだよオジさん。ドンと構えとかないと、格好つかないよ?」
彼女は冷めた目をして、そんな小生意気なことを言ってきた。たしかに年下の女性の前で狼狽えていては立つ瀬がない。
三谷は手に持ったままだった写真を見下ろした。
どう考えても、これが原因だ。一体、何に誘われているというのだろう。
「とにかく、ここにいても仕方がない」
そう言って三谷は細い道に沿って歩き出した。
「ねぇちょっと、どこに行くつもり?」
背後から砂利を踏みしめる音が聞こえてくる。彼女もついてきているのだろう。
三谷は何も答えなかった。自分でもどこに向かっているのか、言葉にすることはできなかったからだった。
「暗いから気をつけてよ」
ポツリとそれだけ言うと、黒須はもう何も言わなかった。しばらくは土と砂利を擦る音だけが静かに響いた。
細々とした道に沿って歩いていくと、ふいに目の前が拓け、ちょっとしたアスファルトのT字路が現れた。ちょうどT字を逆さまにした感じだ。真横に走る道路があり、その先は少しばかりの坂になっている。
あちらこちらに椿の生垣があった。何の変哲もないはずなのに、妙に印象に浮いてきてしまう。
道路のかたわらには薄汚れたオレンジ色のカーブミラーが佇んでいた。
ここには見覚えがあった。
確かこの先には、中学時代の旧友の実家がある。同時に男子高校生の名字も思い出していた。そうだ、田中だ。ありきたりな名字で記憶の底に埋れていたらしい。
三谷は歩を進めた。
一体、ここに何があると言うのだろう。カーブミラーのそばを通り過ぎようとする。
嫌だな、ここで見上げて変な影とか映っていたら。そんな薄気味悪い想像が駆け巡ったが、それに反してほとんど無意識に三谷は頭上を仰ごうとしていた。
いきなり頭上で甲高い音がした。パリンという鋭い音に三谷は身を震わせ「うわっ!」と悲鳴をあげた。咄嗟に顔のあたりを腕で覆うと、足元に鋭利な破片が降り注いできた。
「オジさん、大丈夫だった?」
黒須が隣に並んで、カーブミラーを見上げた。
幸い特に怪我はなさそうだった。
「ああ、多分な」
そう言って三谷も同じように見上げると、カーブミラーの鏡がなくなっていた。かろうじて小さな破片が端っこにぶら下がっているが、もはやその機能を果たさないほどに無残に破壊されてしまっている。
まるで、人を驚かせることに心血を注いだ、ホラーゲームにありがちなギミックのように思えた。
「不吉だねぇ」
黒須は腕を組んだまま、そう言った。
──クスリと笑い声が聞こえた気がした。
「……お前、いま笑った?」
三谷は黒須の顔を見た。彼女は面白くなさそうな顔をしていた。
「はぁ? そんなわけないじゃん」
と黒須はどこまでも歯に衣着せぬ物言いをする。
いい加減、どついたろうか、この娘。
三谷は思いきり顔をしかめたが、さすがにそんなことを衝動的にやらない程度には、分別を弁えているつもりだ。
「ところでさ」
黒須は不意に視線をずらした。目線は三谷を素通りしている。さらにその後ろに注がれている、そう三谷が感じた矢先、
「目の前にいる人はオジさんの知り合い?」
そんなことを言われ、三谷は背後を振り返った。
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