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「どうしたの?」
黒須の怪訝そうな声が耳を滑る。
それと目が合った気がした。本能的な恐怖のさざ波が、どっと押し寄せた。
気づけば、あたりに点在していた生垣、その椿がほとんど落花していた。
まるで見えない炎に炙られているように、クシャリと小さく縮んでいき、やがて全て消えた。
「ねぇ──」
黒須の言葉は最後まで聞けなかった。
息があがる。咥内は乾いていた。
気がつけば、雑木林のもと全速力で駆け戻っていた。
振り返ると、──まだ、いる!
あの写真で見た赤い残影が追いかけてくる。
「うわっ! ……と」
転びそうになり、三谷はまた前を向いて逃げることに専念した。
横腹が痛い。こんなに全力で走ったのはいつぶりだ?
日頃の運動不足をこれほど嘆いたことはない。
だが、それだけではない。
なんだこの、まるで夢のなかにいるような感覚は。
逃げたいと心は逸るのに、足が泥沼に嵌まったかように重く感じる。
これではいずれ──。
ひたりと、腕に違和感を感じた。もう追いつかれた!?
「っ!」
それに触られた腕が、耐え難い熱を帯びた気がした。だがそれも一瞬のことだった。感触がふいに消え去る。
……なんだ? 振り切ったのか?
三谷は振り返り、自分の腕を見下ろした。
──三谷の見ている先で、自分の腕が、熟れすぎた果実のように、ボトリと落ちた。
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