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伊東さんの手はスムーズだ。慣れている。つまりそれだけ沢山の人の髪を切ってきている。当然だ。俺のその中の一人に過ぎない。
それでも俺は真剣な伊東さんの横顔を追いかけていた。
俺の髪をある程度落としてハサミを手にする。そして俺の後ろへ周り形を確認しながらハサミを入れていく。
「あれ?お兄さん、働いているんでしたっけ?」
「…いいえ、近くの大学生です。」
「ああ、そうだ!国立の!」
伊東さんは思い出した様に言って、ちょっと忘れていたのを隠す様に照れ笑いを見せる。
この人は…本当に表情が豊かだ。
笑顔にもハッキリと種類が分かる程。
同じ質問、忘れられているんだから、俺には興味が無い。
その答え合わせが出来た。
それでも良かった。
結ばれるなんて思っていない。
それでも伊東さんを追いかけていたい。
そんな気持ちだけ、ただゆっくりと育っていた。
「お兄さん、何を勉強されているんですか?」
「少し、電気を。」
「電気?」
「はい、電気屋さんみたいなんですけど。」
「あぁー!電気屋さん。凄いですよね。私のアパートの電気LEDのダウンライトなんですけど、あれ電気屋さんじゃないと変えれないですよね。」
伊東さんは俺の後ろで襟足の長さを揃えながら言う。俺は小さくだけ頷いた。
そして
アパートに住んでいるんだ。
ダウンライトなんてオシャレだなぁ。
伊東さん、ダウンライト、電球みたいに交換できないこと知っているんだ。
と妙に伊東さんの情報が頭にインプットされていた。
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