人形 (上)

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人形 (上)

 そういやこんなことがあったんだよね、と気まずさを誤魔化すために話をしたのがきっかけだった。  バイトも学校もたまたま休みで、久しぶりに何もせずのんびりしようかとコンビニに菓子類を買い漁りに行けば、ハジメの分まで色々と買わされた。  ハジメが食べた後のものは味気ないし、俺の金なんだけど!と反論すれば「いつも助けてあげてるのに?」と返されぐうの音も出ない。  その上、食べられるなんて幸せだよね、と楽しそうに言われれば断れるはずもなかった。  幽霊で肉体がないハジメは、基本何も触ることが出来ない。  家電類は干渉しやすいらしく、触ることが出来なくとも操作することは出来る。所謂ポルターガイストというやつだろうか。  食べ物も勿論触ることはできないが、これまた所謂お供物の要領で旨味やら生気やらは吸い取れるらしい。これに気が付いてからのハジメは特に毎日楽しそうだ。  事故物件の狭い1Kの中で、ネットやTVを観るくらいしかハジメにとって娯楽はない。俺以外に話せるような相手もいない。  他に誰からも見えないし、見えないから俺以外にとってハジメは存在していないものと同じだった。そんな中、食べる楽しみが増えたと嬉しそうにされれば、断れないというもの。  この野郎、情に訴えてきやがる。顔が良いだけに罪な男だ。生前泣かされた女性は数知れないだろう。  なんだかんだ心の中で文句を垂れつつも、案外ハジメとの生活は気楽だったし、悪くないと思い始めていた。 「いや、なんでホラー映画?」  せっかくだし映画でも観ようと誘われハジメが選んだのはなんと邦画ホラー。  時代背景は一昔前の日本家屋で、ベタに日本人形が色々してくるタイプのアレだ。  人の選んだものにケチつけるのも良くないよなと思い大人しく一緒に観始めだものの、しばらく経てばやっぱり気になって仕方がなかったので質問する。  画面の中では呪われた日本人形が次々と持ち主を祟り殺していた。 「うーん、なんとなく?」 「とか言って、割とよくホラー観てない?」  なんとく?という割に、ハジメの閲覧履歴にはホラー関連が多かった。  幽霊なのに飽き足らずホラーを観たいのか?とやや引き気味になっていると、流石にその反応は嫌だったのか、ぽつりぽつりと話始める。  なんとなく展開の読めてしまう映画は、話しながら観るのにはちょうど良かった。 「別にホラーが好きってわけじゃないんだけど」 「うん」 「それ以外に観たいものも、あるにはあるけど」 「うん」 「事実は小説よりも奇なりと言うし」 「うん?」 「何かの参考になればと、思って」 「参考?」  珍しく歯切れの悪いハジメに質問を重ねれば、うーんとまた考え込まれてしまう。 「なんで?なんの参考?」 「ネットの検索履歴もホラー系多くない?オカ板とか」 「やっぱり他の霊のこと気になってるんじゃん」 「気にならないとか言っちゃってさ、なに?ツンデレかよ!」  普段とは立場が逆転しているような会話に若干調子に乗っていた俺は、そう矢継ぎ早に畳み掛ける。  いつも馬鹿にされている分ちょっとだけ楽しかったとか、たまには馬鹿にし返してやりたかったとか、そういう出来心があったのは認めよう。 「他の霊のことなんてどうだっていい!」  いつも話し方も物腰も柔らかいハジメが、声を荒げたことに驚いた。  ほぼ同時に、感情が昂った反動か、ブレーカーが落ちたみたいにPCの電源も突然落ちる。予想外のことに驚いて固まっていると、感情が落ち着いたのかチカチカとまた電源が入る。  サラリとした前髪に隠れて、すぐ隣に座るハジメの顔は見えなかった。  怒らない人ほど怒ると怖いとは本当のようで、怒らせてしまった手前なんて言ったら良いのか分からず口をモゴモゴさせながら下を向く。  よく分からない気まずい沈黙が流れて、益々どうしたら良いのか分からなくなる。  一緒に住んでいるとはいえ、俺はまだハジメのことを何も知らない。だからこんな時、どうするのが正解なのかは分からなかった。  気まずい俺たちとは反対に、何事もなかったかのようにPCからはまた映画の続きが流れ出す。  しばらく2人で黙って映画を観ていた。
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