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「人形といえばさ、」
その後一向に何も言わないのでどうしたもんかとハジメの顔をチラ見すれば、怒った本人が俺よりもずっと困った顔をしていた。
もしかしたら、ハジメは怒り慣れていないのかもしれない。
この程度のことで、どうしたら良いか分からないなんて、怒って良い時に怒ったものの困ってしまうなんて、ハジメは生前どんな風に他人と関わっていたんだろう。
怒っても良いのに、困ってしまいそれ以上は怒ってはこないハジメをなんだか見ていられなくて、俺はふと思いついたどうでもいいことを話し始める。
「前に友達と行った居酒屋のトイレに、日本人形が置いてあったんだよ」
そんな雰囲気じゃなかったり、興味がなさそうだったらすぐに話すのをやめようと思っていたら、俯きがちに映画を観ていたハジメの顔がぱっとこちらを向く。
もういつものハジメの顔だった。ハジメもタイミングを見計らっていたのかもしれない。
「へえ、それで?」
「4人で行ったんだけどさ、最初は何も気にしてなかった」
小さな自営業の居酒屋で、トイレはもちろん男女共用の1つしかない。洗面所がドアのすぐ外にある、普通のなんてことない狭めのトイレだ。
数時間も飲んでいれば、誰ともなく自然にトイレに立つ。俺は比較的尿意に強い方だったので、4人の中でトイレに行くのに席を立ったのは一番最後だった。
俺が席に戻りちょうど全員トイレに一度は行ったところで、最初に入った1人が「あのトイレおかしくないか?」と言い出した。
聞けば、入って正面、座って真後ろにあたる棚に置いてある日本人形が変だと言う。
「でもさ、4人中、日本人形が置いてあったのを見たって言ったのは3人なんだよ」
話題に出した、最初にトイレに入った1人目は、ガラスケースに入った日本人形が正面を向いていたと言う。
2人目は日本人形なんてなかったと言う。3人目は1人目と同じ。
4人目の俺はというと、日本人形はあった気がするが後ろ向きになっていたので特に気にしていなかったし記憶にも浅かった。
1人目は日本人形がそれはもうすごい形相で怒っているように見えて、最中ずっと気が気じゃなかったそうだ。
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