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「退院おめでと〜!」
そう言って家まで送ってくれた飲み友達の顔色を伺ってみたものの、いつもと何ら変わりがなかった。というより、むしろシラフなのでいつもよりも呂律は回っているし、ハツラツとしている。
「せっかくだし、茶でも飲んでいけよ」
「いや〜この後サークルなんだよね」
「でもほら、寒かったし、一杯くらい?ど?」
「え?どしたの?いつもは寄りたがっても人家に上げないじゃん〜」
やっぱ頭でも強く打ってたんじゃね?大丈夫?と、やや失礼な心配をしてくれるが、それどころではない。どうしても一緒に中を確認してほしい。
キャラじゃないとは分かっていながらも、掴んだ腕を離せない。というか離さないぞ!と意気込んだもののあっさりと敗退し飲み友達はさっさとサークルに向かってしまった。
バタンと重い音を立てて閉まるドアが恨めしい。
しばらく玄関で呆然としていたものの、このままではどうしようもないと自分を鼓舞し勢いよく立ち上がる。
そのままの勢いで、部屋とキッチンを仕切る扉を開け、すぐに後悔した。
「…うッ」
くらり、と眩暈が襲う。
必死で何事もなかったかのように呼吸を整え室内に入るも、重苦しい空気に今にも吐きそうだった。
その原因は部屋の隅の塊で、見なくてもやばいモノだと分かる。
ああ、古い賃貸だからそんなもんだと気にしていなかった低めの位置についていた壁のシミはそういうことだったのかと、はるか遠くの方で思考する。けれどそれを認めたくはなかった。認めてはいけないと必死に別のことを考えては無駄な抵抗をする。
俺は生まれてこの方、幽霊を見たことがない。
心霊体験をしたことすらない。見えないものは存在しないし馬鹿みたいに安いしで、不動産からの事前告知もあっての上で決めた1K。俺の城。そうだよ、ここは事故物件なんだ。
部屋の隅にあるモノは見ないようにして、それに気取られないように素知らぬフリをして、その日は脳に言い聞かせるように無理矢理眠りについた。
案の定、さっぱり眠れず、翌日の寝起きは最悪だった。その上、昨日のアレは夢や幻だったのではという希望もあえなく打ち砕かれた。
壁紙のシミは、ちょうど人が体育座りになって寄りかかった時の頭から首にかけての高さになる。
何故それが分かったかと言えば、その目の前にある塊は、首が裂け、顔面が原型が分からないほどグチャグチャにされていたからだ。
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