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「なんだろ、こう、ハンバーグでもこねてるみたいな?ネチャっとした音?」
瞬間、背後に気配を感じたような気がしてヒヤリとする。
反射的に壁のソレを見れば、先程と変わらない体勢で蹲っていた。そのことにホッとし、無意識に詰めていた息をゆっくりと吐く。
「いや混ぜすぎじゃね?みたいな勢いなんだけど」
けれどその後に続いた一言で、ドッと不安が押し寄せる。
ハンバーグ、肉をこねる音。何かを潰すような音?グチャグチャに崩れた顔が見なくても脳裏に蘇る。
「あとなんか、うめき声みたいな音?声?」
何で、と尋ねようにも、声が出なかった。
バクバクと心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。緊張で口の中はカラカラに乾いていた。
「なあ、他に誰かいんの?」
もう無理だった。
脇目も振らず、すぐ後ろで背もたれにしていたベッドに潜り込み頭から布団を被る。壁のソレがどこに居るかなんて、確認している余裕もなかった。
バクバクと煩い心臓に、自然と早くなる呼吸。
さっきからって、一体いつから聴こえていたんだ?
グチャッと、肉の塊が床に叩きつけられるような音がした。
見てもいないのに、それは首が落ちた音なのだと認識する。
意識し出したから聴こえたような気がしているだけなのか、本当に聴こえているのか。どっちなのかは、もう分からない。
どのくらいそうしていたのだろう、グチャグチャとした音は何度も繰り返し聴こえていた。
「え、何?このタイミングで寝落ちた?」
机に放置した携帯から、何度も電話の向こうで起きているか呼びかける声は聞こえていたけれど、返事ができなかった。
どこにいるのかをソレに知られたくなくて、声すら出せなかった。ベッドの中で、息を潜めてやり過ごす。
いやでも、この狭い1Kに隠れるところなんてどこにもないんじゃないか?
そのことに気が付いたのは、何かを潰すような音が止んだ後だった。
落ち着いてみれば、やっぱりあれは気のせいに違いない。そうだ気のせいだそうに違いないと自分に言い聞かせ、風呂でも入って一旦スッキリしようと、布団から顔を出して後悔した。
壁にもたれ蹲り動かなかったソレが、ベッドの目の前に立っていた。
まるで凍りついたように身体は動かせない。グチャグチャに潰れた顔が覗き込むように、どんどん近付いてくる。
ふいに、血と肉が傷んだような臭いが立ち込めた。
さっきまであんなに必死に押し戻していたのに、なぜだか吐き気はしなかった。自分の身体のはずが、他人の身体のように感覚が遠くに感じられる。
崩れた顔はぼやけて見えなくなるほどに近付いて、鼻先まで迫ってもう身体が重なってしまうのではというところで、俺の記憶は途切れていた。
この後2週間ほど、自分がどうなって何をしていたのか、ほとんど覚えていない。
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