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「いえあの。…こんな服、いちいち洗っていただくのも。申し訳ないです押しかけておいて。その辺に放っておいてもらえば。そのうち自分で、…何とか。しますから」
コインランドリーとか。家がなくなっても何かしら方法はあると思う。ただでさえ迷惑しかかけてないのに、この上世話をかけるのは片腹痛い。
サワノさんが口を開くより先にカヤノさんがふん、と鼻で笑う勢いでわたしをいなした。
「何言ってるんだか。こんなときに子どもは遠慮なんかしないの。とにかく今は何も考えずに任せなさいって。どうせ急いでも行くとこもないんでしょ?ゆっくり休んでから、このあとどうするか考えればいいわよ」
サワノさんもからからと拘りなく笑った。
「そうそう。それに別に大した手間じゃないのよこんなの、やるのはわたしじゃなくて洗濯機なんだし。放り込んでスイッチ押せばあっという間なんだから」
そう言って有無を言わさずわたしの手から脱いだ服をもぎ取り、じゃあ、ちょっと待っててね。手早くご飯作っちゃうから、と言い置いて部屋を出て行った。
カヤノさんはわたしを再びソファに座らせると、部屋の隅にある小さな冷蔵庫を開けて冷えた水のペットボトルを出して差し出し、やけにてきぱきと言い渡した。
「水分補給しなさい。ほんとはスポーツドリンクの方がいいんだろうけど、あいにく買い置きがないから…。飲んだら食事用意出来るまで横になってなさいよ。わたしのベッドで悪いけど、すぐに使える部屋がないから。こんなに部屋数あるのに、不便なだけでいざというときは何の役にも立たないんだよね」
「いえそんな」
わたしは別に、快適じゃなくても全然何処でもいいんですけど。と思ったけど反論も出来ず、否応なくせき立てられてベッドに入らされた。きちんとリネンが交換されてるらしく他人の個室の寝床という感じがしなくて、ホテルの部屋みたいだと思う。さすが、専業のお手伝いさんのいる家。
横になって目を閉じた。眠っちゃっていいよ、雑炊できてきたら悪いけど声かけて起こすから。と呼びかける声を耳にしながら、もううつらうつらし始めて上手く返事できない。曖昧な声を出すのが精一杯だと思いつつ朧げな頭で考えた。
この感じだと少なくとも速攻、警察に通報されることはないみたい。わたしが自分ちに家族はいないって言い張ってるだけだから、言い分をそのまま信じてもらえるとは考えづらくてあとでこっそりどこかに問い合わせて身許の確認はされるかもだけど。
犯罪者として引き渡されるより先にまず人間として丁重に扱ってもらえるとは。正直ここまでとは予想もしてなかった。
カヤノさんやサワノさんがいい人でよかった、としみじみ実感しつつ、脳裏にはちらとやや薄れかけたさっきの面影がぼんやりと浮かぶ。あの人はわたしを迎えに来てただここに連れてきただけだったけど。
一緒に暮らしてるこの人たちの性格や普段の振る舞いを知ってのことだから。おそらく何の説明もなくわたしをぽんと任せても、こうして公正に接してきちんとケアをしてくれるってわかっていたんだろうな。と考えると後先考えず猫を拾ってただ家族に丸投げの人っていうより、もっと理性的な計算のできる人だったのかもしれない。と思えてきた。
今日はこのまま世話をしてもらったとして、そのあとわたしはどうなるのかな。施設に行くことになるかそれともどこかまともな働き口を世話してもらえるか、おそらくそんなところだろう。
ここを離れるまでにもう一度、あの植物のような気配の人に会ってお礼を言える機会があるといいな。ほっこりと胸を温めてそんなことをつらつらと考えながら、わたしはいつしか短い浅い眠りに落ちていった。
《第2話に続く》
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