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意識を失ってたのはそれほど長い時間ではなかったように思う。
初めは何で目が覚めたのかわからなかった。だけど何かが近づいてくる、って無意識にどこかで感じてるのが自分でもわかる。思ってたより一瞬深く眠ってたのかもしれない。夢中で上体を起こしたけど、半分まだ醒めやらぬ状態で無理に動いたからかちょっと頭がくらっとなった。
やっぱり野外は自分ちとは勝手が違うから、熟睡しないよう自然と気を張り詰めてるんだろうな。寝ててもちゃんと何かが接近してるのには気づくんだ。とか変な感心をしてる場合じゃない。
地面の落葉か枯れ草を踏みしめる音がゆっくりとこちらに向かってくる。足音の重さからして多分、人間だ。猫とか犬とかタヌキではないと思う。
…タヌキ?
いや、あれは。
自分でも心音がばくばくうるさく鳴り過ぎじゃないか、こんなんじゃ静かな夜の空間に心臓の音が響き渡っちゃう。と青ざめるけど内臓は当然意のままにならない。
そんな状態で、でもそれがわたしを危険に晒すものなのかどうかどうしても確かめたくてぎりぎり、東屋の開口部分から顔を覗かせる。今夜の月は細い。頼りない光の下で、わたしはそこに信じられないものを見た。
妖精。…とか、精霊というか。とにかくそういうもの。
闇の向こうが透けて見えるような。透明な美しいひとが、そこにいた。
ぱっと思ったのは。とにかく全体が白い、って印象だった。人間がこんなに白いわけがない。なんの生き物だ?って。
その人は急ぐでもないゆったりした足どりで、ゆらゆらとこちらに近づいてきた。生きてる人間とも思われない。非現実的な何かだ。
まるで月光の力を借りて僅かに発光しているように見えた。
薔薇の海をかき分けて進んでくる。一体その人が何なのか、必死に見極めようとするのに集中して自然と身を乗り出しかけていた。彼がふと顔をこっちに向けたような気がして慌てて頭を引っ込めた。いけない、見つかったら駄目なんだった。
胸の表面が震えてるのが見て取れるくらい心臓が皮膚の下で暴れてる。じっと身体を縮めてここにいるのに気づかれませんように、と願いつつ今見たものの姿を脳内で反芻した。
さっきはもうだいぶこちらに近づいてきてたから。存在感というか、気配からして生きてる人間であることは間違いないと思う。いくら透明感を感じたとは言っても実際に向こう側が透けて見えたりはしてなかった。
耳の中で動悸が直に鳴ってるみたい。とっ散らかった頭で考える。見たとこ男の人。身長や体格からして普通に大人に見えた。だけど、どうしてあんなに全体が白っぽく感じたんだろう?
今度は彼の居場所から見えないように、慎重にそうっと柱の陰に隠れるようにしてほんの僅かだけ目をそちらに向けてみた。
その人は思いの外ここから近い場所で薔薇の真ん中に立ち尽くしていた。
薄紅色を縁に滲ませたクリーム色の薔薇の花が咲き乱れてる植え込み。こちらに右肩を向けた姿勢でほうっと佇んでいる彼の髪は見たこともない蒼白だった。
横顔は全然年配の人のそれではない。若々しくて、どちらかというと年齢不詳だ。だけど月光に照らし出された頬は滑らかに見えたし、頭髪の量はごく普通の若い男性って感じだったから全然年寄りじゃない。自分より歳上の男の人の一般的なことがよくわからないけど、多分二十代か。…いって三十そこそこ?
どういうことだろう。年齢考えたらまだ総白髪になるわけないし。わざわざ人工的に髪の色を抜いたりしたのかな?それとも鬘とか。
だけど、見れば見るほどそうした疑問がすうっと脳から消え失せていく。多分この人はもともとこうなんだ。どういう体質かわからないけど。
それほど彼の佇まい、全体から受ける感じは自然だった。
まるで野生の真っ白な獣みたい。いや、獣って言葉に含まれる獰猛さはその人から微塵も感じられないが。
どちらかというと気配や物音を立てずにひっそりと森の奥に生息してる孤独な草食動物のよう。野生の鹿とか、いや伝説の神の使い的な。
ゼルネアスとかスイクンとかシシガミ様みたいなって、そりゃ想像上の存在だろ!って自分への突っ込みが脳内でぐるぐると渦巻く。わたし程度の知見ではその辺の発想がせいぜいだ。そういう、アニメ的な感じじゃないのになぁ。どう表現したら的確にこの人を言い表せるんだろう。
その人が何かを察知したのか、ふと上体を捻って微かに顔をこちらに向けた。しまった、一瞬油断してた。
慌てて頭を深く東屋の奥に引っ込める。柵の隙間からかろうじて彼の様子がこっちからは窺えた。どぎまぎしながら硬くなってじっとその人の出方を待つ。…どうか、わたしがここにいることに。彼が気づいていませんように。
柵の間の細い空間から目を凝らすと、こちらに顔を向けた彼の姿が月明かりの下で意外にはっきりと見て取れた。
その頭髪が薄青がかった白に見えるのは月光を浴びてるせいなのか。一般的に人間としては現実にあり得ない、神秘的な色合いだ。
周りの薔薇の丈がどれだけなのかよくわからないから正確な身長のほどは不明。だけどごく細身なせいか、背は割に高いように思える。
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