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⑧名前
「シュガーレットだ。これから、無言の魔女、アメリア・ナイトベルを討伐しに行く」
『――――ではカギをお渡しください』
「あぁ」
いつものやり取りなのに、家のカギを置くことが少しだけ不安を生む。
前にレイニーが気に食わないと言っていたのは、こういう気持ちだったのかもしれないとシュガーレットは内心苦笑した。
そのカギと代わりに、魔女へと続くカギを渡される。それも当たり前のやり取りなのに、妙に緊張しながらそれを取った。
それを感じ取ったのか、肩にいるカラス姿のレイニーがこちらを向いていたが気付かないふりをする。
『このカギが一日しか保たず、一度使えば灰になりますので気をつけてください』
「・・・・・・分かった」
『シュガーレット。貴方に神のご加護がありますように』
「あぁ、ありがとう」
アンノウンに背を向けて歩き出す。
すると肩に重さが無くなり、代わりに肩を抱き寄せられた。
「大丈夫か、シュガー」
「なにが」
「強がるな」
肩を持つ手が諫めるように強くなる。
「怖いかの?」
「・・・・・・だからって任務を放棄することは出来ない」
「それでも一人で全部背負うことはねぇよ」
「・・・・・・・・・・・・」
また何かを失うかもしれない――――レイニーを失う可能性が任務には必ずある。
守りたいと思っても、またこの間のように鎮魂の祈りの最中、別のものが見えてしまったら?
「シュガーレット」
扉の間付近で、名前を呼ばれる。
不意のそれに視線を向ければ、そこにいたのはエリーゼだった。
「エリーゼ・・・・・・」
「なんて情けない顔をしているのかしら。まぁ、貴方がどんな顔をしていようと憎たらしいことこの上ないのは変わりませんけど」
フンと鼻を鳴らすエリーゼだが、彼女よりその隣にいた彼を見てしまう。
それに彼女も気付いたのだろう。コホンとわざとらしく咳をしてから紹介した。
「私の新しいガーディアンですわ」
「新しい、ガーディアン・・・・・・」
無意識に呟くと、エリーゼは少し寂しげな声で「任務は待ってくれませんのよ」と言い、けれどすぐにガーディアンの彼の肩に手を置いた。
エリーゼより少し身長の高いそれはエリオットと同じくらいだろうか。髪の毛は茶髪で、どちらかというと赤茶に近いかもしれない。
「ガナレードですわ」
「・・・・・・そうか」
シュガーレットは手を差し出し、ガナレードに微笑んだ。
「ガナレード、私はシュガーレットだ。よろしく頼む」
「・・・・・・あんたがシュガーレットか」
差し出した手は取らず、腰を曲げてこちらを観察するようにじろじろ見る。
そしてフハっと笑って、髪の毛を掻き上げた。
「ちっちぇーなぁ、あんた。あんま俺のエリーゼに近寄るなよ。あんたのしみったれた空気が移ったら大変、だッ!」
最後の言葉で、エリーゼに頭を殴られるガナレード。
「エリーゼぇ!」
「黙らっしゃいガナレード。貴方はどうしてそう嫌味しか言えないのかしら」
「エリーゼもそうじゃねぇか」
呆れたように言ったのはレイニーだ。
「何か言いまして?」
「いーえ。なにも」
「あー、あんた見たことある。双子様に目ん玉いじくられたカラスだ、ろッ!」
再び殴られたガナレードは頭を抑え、今度こそ黙り込んだ。
「ごめんなさい、レイニー」
「いや、別にいいけどよ」
首を傾け、気にしていないと言ったレイニーにエリーゼは、困った子供を見るようにガナレードをチラ見してから言う。
「ガナレードは犬のガーディアンですわ」
「おう。だから俺はエリーゼ一筋だ!」
「貴方は少しお黙りなさい」
ピシャリとエリーゼは言い、一歩こちらに寄る。そして耳打ちするように声のトーンを落としてシュガーレットに言った。
「最近、魔女が多発しているそうですわ」
「多発?」
「えぇ。最近任務の間隔が短くなくて?」
そう言われ、確かにとシュガーレットは眉を寄せて頷く。
「それの原因は何かあるのか?」
「さぁ。これはただのアダムの使いの中の話であって、実は以前は見過ごしていた魔女も討伐するようになっただけの可能性もありますわ」
「ですが」とエリーゼは続けた。
「帰って来ないアダムの使いも多いようですの」
「・・・・・・・・・・・・」
それは強い魔女が増えたからなのか。魔女が増えているのと関係しているのか分からない。
考え込むように口元に手を置けば、エリーゼはこの空気を変えるように「それでも私たちはいつも通り任務に向かうだけですわ」と髪の毛を流した。
「いつ何が起こるのか、それは今までと何も変わりませんことよ」
「そうだな・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
頷いたシュガーレットに何か思うことがあるのか、エリーゼは少しだけこちらを見つめてから大きく溜息をついて言った。
「シュガーレット」
「ん、なんだ?」
「貴方がどんなことに対しもクソ真面目なのは知っておりますわ」
「クソ真面目!」とガナレードが笑うと、再びエリーゼは「お黙り」と視線を向けることもせず彼を叱り、そのまま続けた。
「どんなことにも手を抜かず、精一杯向き合うことも、ちゃんと分かっているつもりですわ」
「だからこそ」と彼女は強く言う。
「気をつけなさい。私たちの代わりは沢山いるけれど、その命はひとつしかない大切なものですわ。どんな手を使ってでも生き延びなさい」
「エリーゼ・・・・・・」
「エリオットの命を、ムダにしないでちょうだい」
「・・・・・・・・・・・・」
拳を握り、唇を噛み締める。
涙が溢れそうなのを我慢し、ひとつ深く深呼吸をして頷いた。
「あぁ。絶対ムダにはしない。絶対に」
「・・・・・・まぁ、せいぜい足掻くことですわ」
どこか恥ずかしそうに視線を泳がせた後、フンといつものように鼻を鳴らし扉の間に入っていく。
もしかしたら自分たちと会う為にここに立ってくれていたのかもしれない。
「エリーゼ、ありがとう!」
その背中にお礼を言えば、エリーゼは振り返ることなく、隣に立っていたガナレードが振り返った。
「感謝しろよ! ちっちぇーの!」
「だから貴方はその態度を少し改めなさいっ!」
「いでっ! エリーゼぇ、そんな怒るなよぉ」
彼はエリーゼの腰を抱き、一緒に歩いて行く。
その抱き方はエリオットと同じで、シュガーレットは小さく笑って目元を拭った。
――――さようなら。またどこかで逢える日まで。
――――きっとそのガーディアンも、生まれ変わった俺だから、また俺を見つけて欲しい。
「ありゃガキになったエリオットだな」
同じことを思っていたのか、こちらの頭をくしゃりとかき混ぜながら言ったレイニーに、シュガーレットも「あぁ」と頷いた。
「私たちも行くぞ」
そう言い、一歩踏み出す。
一度覚えた不安は拭えない。それでも歩みを止めることも戻ることも出来ないならば、強く進むしかない。
緊張も恐怖も、そして命も背負っていくのは重くて――――独りではないからこそ辛かったりもするけれど、独りではないからこそ、強さを得ることが出来る。
「レイン」
適当に近いドアを選び、カギを差し込んだ。
「絶対、帰ってくるぞ」
絶対に帰る。
それは祈りでも願いでもなく、強い意志。
祈りにはしない――――祈りは小さな悲鳴だ。
天に捧げるそれは形がなく、シャボン玉のように浮かんだと思えば神に届く前に割れてしまう。
それでも祈らずにはいられない。悲鳴を上げ続けてしまう。だがだからこそその悲鳴が天にまで響き、割れずに神に届くのではなく神が降りてくるのだろう。
しかしその悲鳴を上げることすら怖くて出来ない場合だってある。
悲鳴は心の痛み。それを実体化させるということは、心の傷を認知することになる。それは痛みを改めて受け止め、感じることだ。
(だから私は自身の為に祈れない)
背負ったものの重さに耐え切れなくなってしまう。だからこそ、強い意志として口にする。〝絶対に帰る〟と。
けれど祈らずとも皆が背中を押してくれているから、きっと大丈夫。
「またここに、帰ってくる」
いつもならレイニーが言う言葉を口にするそれに、彼は驚いたように目を見開く。けれどすぐに嬉しそうに笑って好戦的な目で「あぁ」と頷いた。
「絶対に帰って来て、また二人きりの時間を取ろうな」
「一言多い」
「いで」
エリーゼのようにレイニーの肩を叩く。それに二人は笑いながらドアをくぐった。
パタンと閉まるそのドア。また他のアダムの使いが開ければ別の道へと続いているのだろう。
再び同じ道を通るには、帰りのカギを使うしかない。それすなわち、魔女を討伐したことを意味する。
もしかしたらこれは片道切符かもしれない。ここを通るのは最後かもしれない。だがそれでもアダムの使いとガーディアンは進むしかないのだ。
自分自身の為ではなく、魔女の為に『鎮魂の祈り』を捧げる為に。
――――たとえ、その先の未来で二人に何が待ち受けていようとも。
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