プロローグ

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~ * ~  黒いスーツ姿に、黒い手袋。  彼女は赤い髪を一本に縛り、肩にはカラスを乗せている。そしてその腰には長めの剣であるハンド・アンド・ア・ハーフ・ソードを携えていた。  服装と同じ色の革靴は、石で出来た道をコツンコツンと叩き音を鳴らす。だが喧噪の中ではそんな音はかき消され、ただただ楽しそうな声が広がっていた。  シュバル・ギルガーネ――――ここは人が多く集まる街だ。  オペラやカジノ、誰が開いたかも分からないが誰でも参加出来る舞踏会に、隠されることもない競り市場。  ようするに金持ちが遊びに来るリゾート地みたいなものだろう。  このような場所に魔女が生まれるなんて珍しくはない。  その証拠に、シュガーレットが大通りから視線を逸らせば、細く薄汚い細道。そこに死にかけの人間がひとり、ふたり。  きっと美しかったであろう身なりは、今はもうボロボロで、華が枯れた末路のようだ。 「酷いもんさ」 「こんなものだろう」  カラスの言葉に、シュガーレットは視線を前に戻して言う。 「光があれば闇が生まれる。こんなに眩しい街なんだ。影が深くてもおかしくない」 「その光がもう少し優しいものならいいんじゃねぇの?」 「そうだな」  ふと、目の前に3、4人が横並びで楽しそうに歩いてくる。  こちらには目もくれず、避ける様子もない。だがシュガーレットは特に気にした様子もなく、馬車のいない道路へと歩をずらした。  ガヤついたこんな街だ。道路を歩いた方がまだマシだろう。  人が立ち入っていないその道を歩いていく。 「おい危ねぇから道もどれ」 「問題ない」  周りからの視線も何もない。危ないと注意するのは肩にいるカラスだけだ。  各々が自分の世界に入り浸っているからか、それとも黒いスーツのシュガーレットなんてどうでもいいのか。  いや、〝これ〟はそういうわけではない。  ガラガラと音が響くと思いきや、スピードを出した馬車がこちらに向かってくる。  目の前まで迫ると馬二頭はとても大きく、その脚に踏まれれば命などすぐに散るだろう。カラスが危ないと怒る理由も分からなくもない。 「おいシュガー」  カラスが怒るように言う。  その二頭の綱を持つ老人の視線もシュガーレットに注がれない。  当たり前だ。なぜならこの街にいる人間全てが、シュガーレットの姿を認知していないのだから。  それでもシュガーレットは気にすることなく歩を進め、ぶつかるギリギリのところで一歩だけ横に歩をずらし、それを避けた。  スピードが速い分だけ風が後から吹いてくる。  前髪を浮かせ、結んだ一本も揺らす。だがそんなもの、ただの風と同じだ。  シュガーレットは乱れた前髪を少し戻すように首を振ると、突然グイと腕を引かれた。 「ちょ、レイン」  この街の人間が自分を認知するのは、こちらから声を掛けた時のみ。  その筈なのに、こうやって腕を引っ張ることが出来るのは、これから討伐する魔女か、肩に止まっていたカラス――――レイニーだけである。  シュガーレットはカラスから紺色の髪をした男の姿に変えたレイニーに腕を引かれ、人通りの多い大通りを抜けて細道へと連れて行かれた。 「お前、毎度毎度いい加減にしろよ」  足を止めて振り返った男はカラスと同じ紺碧の瞳をしていて、シュガーレットと同じスーツ姿に剣を腰に下げていた。  しかし彼女とは違い、その剣は少しだけ弧を描いていて、見る人が見れば打刀であることが分かるだろう。 「他の連中に認知されないからって、そういう人混み避け方やめろよ」 「・・・・・・別に轢かれたわけでもないし、誰にも迷惑を掛けてないだろう」 「そういう問題じゃねぇだろうが」  レイニーはシュガーレットから手を離し、溜息をつきながらガシガシと自分の頭をかき混ぜた。 「例えば、だ。お前の姿を認知していないからって、槍を持った兵隊が100人連なって真っ正面からやって来てもお前は傷ひとつ負わないだろうよ。だがな、俺の心臓を考えろ。俺がどれだけ心配すると思ってんだ」 「カラスは随分ひ弱なんだな」 「そういうことじゃねぇだろ!」  カラスのままでもうるさいが、人間の姿になった彼はもっとうるさい。  シュガーレットは溜息をついて自分の肩をポンポンと叩いた。 「分かった分かった。ちゃんと大通りを通るから、お前はカラスに戻っていろ」 「まーたそうやって人間の俺をウザがるんだなシュガーは」 「仕方がないだろう。本当にウザいんだから」 「お前って奴はほんっと・・・・・・!」  レイニーがわなわなと拳を振るわせれば、二人はハッと息を呑み、細道の奥へ顔を向けた。 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・」  シュガーレットは目を細めて、向こう側を見つめる。だが明かりの灯らないそこには、まだ何も見えない。  それでもこの気配はどう考えても魔女だろう。  広がる暗闇に、なぜか湿ったような空気感。死臭がするわけではないけれど、表通りとはあからさまに違う雰囲気がそこにはあった。  音を立てずに静かに剣の柄を握る。真っ直ぐ奥を見つめ、繰り返す呼吸は無意識に殺していた。  視線を向けずとも同じようにレイニーも同じように柄を握ったのが気配で分かる。  背後では何も知らない人々の楽しそうな声が響くままだが、まるでここだけが別の空間になったかのようだ。  不意にレイニーのもう片方の腕がシュガーレットを守るかのように伸びた。
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