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~ * ~
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
沈黙がダイニングに広がる。
シュガーレットの前には綺麗なパンケーキがある。
厚さのあるそれは見た目からふわふわで、バターと蜂蜜がより匂いを甘くさせる。
これはどう考えても美味しいだろう。
しかし逆にレイニーの方を見てみると、真っ黒いものが皿の上にある。
ぺたんこのそれは、同じパンケーキだと思えない。だが、乗っているバターと蜂蜜の存在のおかげで、ぎりぎりパンケーキを目指したものだと分かる。
シュガーレットは握りこぶしを膝に置き、視線を逸らす。
レイニーは半目で目の前にある真っ黒なパンケーキを見ている。
「なぁシュガー。俺のやり方見てたよな?」
「あぁ。見ていた」
「包丁は苦手だから、かき混ぜればいいものにしたんだけど?」
「卵は初めから割れているものを次は用意して欲しい」
「いや、そんなのねぇよ」
冷静に突っ込まれる。
「殻は出来るだけ抜いた」
「まぁそれは頑張れば食べられるからいいけどよ」
いいのかという言葉を、こちらから突っ込むことはしない。
「俺のやり方見て、完璧に出来るから座ってろって言ったな」
「・・・・・・言ったな」
「お玉ですくってフライパンに流し込んだのか?」
「いや、お玉だといつまで経っても垂れてくるから、ボールのまま流し込んだ」
「・・・・・・どうやって形を整えた?」
「フライパンが、整えてくれた」
確かによくよく見れば、綺麗な円を描くように縁が出来ている。本来なら美味しそうに膨らみが見える縁は、まるで断層のようになっているけれど。
「フライ返しは?」
「それはしたぞ!」
「・・・・・・・・・・・・」
「フライパンの上に着地はしなかったが」
「どこに着地した?」
「・・・・・・コンロの上」
「直火じゃねぇか」
そりゃこんなに焦げるわけだとレイニーは納得した様子だ。
シュガーレットはついに白旗を揚げるように頭を下げた。
「すまん」
「いや、成功するとは最初から思ってねぇよ」
クツクツ笑い出したレイニーにシュガーレットは腹が立つが、しかし結果的に成功していないのだ。ぐうの音も出ない。
「やけどとかはしてねぇんだろ?」
「していない」
「ならいい」
彼は手を合わせて、頭を下げた。
「いただきます」
「は?」
「シュガーも早めに食べろよ。冷めちまう」
「いや、お前、それを食べるのか?」
「当たり前だろ?」
キョトンとした彼に「いやいや待て」とシュガーレットは自分の前にあるパンケーキに素早くナイフを入れる。そして半分に切って、皿を渡そうと手に持った。
「お前もこっちを食べろっ」
「必要ねぇよ」
「美味しくないだろ!」
「そうだな、きっとまずい」
また笑うレイニーに、「なら!」と言うも、彼は笑いながらナイフを真っ黒いパンケーキを切っていく。
「シュガーが頑張って作ってくれたのに残すとか、それは俺じゃねぇだろ」
「いや、それは、その・・・・・・そうかもしれないが」
確かに彼は今までシュガーレットが作ったものを残したことがない。
砂糖と塩を間違えようが、炊いた米が餅のようになっていようが、焼いた魚が魚だと分からない姿になっていようが、彼は絶対に食べてくれる。
「・・・・・・お前は私に甘くないか?」
「それ、今更の話だからな」
当たり前のように言い、切ったそれを口に運ぶ。すると「めっちゃサクサクしてる」と笑った。
美味しくないだろうにどうしてそうやって笑えるのかと聞いたら、彼はなんと答えるだろう。
「・・・・・・・・・・・・」
「どうした?」
聞いてみたいような。聞きたくないような。
シュガーレットは小さく溜息をついてから「なんでもない」と首を横に振り、自分はふわふわのパンケーキに改めてナイフで一口大に切る。そして口に入れれば見た目通りの柔らかさと甘さが口いっぱいに広がって、無意識に笑みが浮かんだ。
「美味いか?」
「あぁ。レインの作る料理はいつでもうま――――」
美味いと言おうとし顔を上げれば、優しい表情で嬉しそうにしている彼が目の前にいて、シュガーレットはなぜか視線を思い切り逸らしてしまう。
「おいシュガー?」
「あ、いや、なんでもない。あぁ、いつも通り美味いぞ」
「・・・・・・ならなんでそんな顔を逸らしたんだよ」
「わ、私にも分からん」
「はぁ?」
妙に脈が速く感じるのはどうしてだろう。
彼の表情は至っていつもと同じだ。それなのに今はそれがなんていうか、恥ずかしいような感覚がある。
(やっぱり私はおかしいじゃないか!?)
バクバクといつもより強く跳ねる心臓を抑え、深呼吸をし、用意されていたアイスティーを一口飲んだ。
ひんやりとしたそれが喉を通っていくのを感じ、身体も頭も冷えていくような気がする。
もうこれで大丈夫だと、シュガーレットは改めてレイニーに向き合い「すまん」と笑った。
「もう大丈夫だ」
「・・・・・・ふーん」
しばらく顎を引きながら上目遣いで見ていたレイニーは、小さく溜息をついてから再び黒いパンケーキを口に頬張った。
どこか含みがあるそれにシュガーレットは突っ込みたかったが、このまま話していては墓穴を掘るような気がして、そのまま自分も同じようにパンケーキを食べることに集中した。
二人が半分ほど食べ終わった頃、カサカサと何か紙の音がリビングに響いた。
何が来たのか分かった彼らはピクリと肩を揺らし、ドアの方を見る。するとドアの隙間から手紙が顔を出しており、そのまま宙に浮く。そしてヒラリと身を揺らしながら二人が食べるテーブルの端にそれが乗った。
いわずもがな、討伐の命令だ。
「・・・・・・・・・・・・」
シュガーレットはそれを固まったまま見つめ、しかしフォークとナイフを置くことはせず、再び食べ始める。
「見なくていいのか?」
何よりも任務を優先していたシュガーレットにレイニーはそう聞く。
確かに昔ならばパンケーキが途中だとしても、すぐに封を切り、次の任務について彼と話し合っていただろう。
しかし今はそういう気分ではなかった。
「食べてからでも問題ない」
「珍しいな」
「今は、レインとの時間だ」
この家が帰る場所なのだと教えてくれたのはレイニーだ。
苦しみから生まれる魔女の存在ばかりを考えるだけではなく、身近なところにも大切なことがある。
守るべき大切な人がいるのだ。
「・・・・・・俺、泣いていい?」
「な、なんだ突然!」
「いや、あのシュガーがここまで成長してくれたのが嬉しくて・・・・・・」
「意味が分からない」
シュガーレットは溜息をついて、けれど小さく笑う。
「なぁレイン、ガーディアンが命がけでアダムの使いを守ることが使命であって、存在意義なのは分かった」
手紙に視線をやってから、真っ直ぐレイニーを見る。
紺碧の瞳に、紺色の髪の毛。赤色の自分とは逆なそれは〝レイニー〟という名前にピッタリだと思う。
「私はお前がレイニーであって嬉しく思う。私の元に来てくれて、ありがとう」
「シュガー・・・・・・」
「だからこそ、改めて言う」
シュガーレットはあえてカトラリーを持ったまま言った。
「私と一秒でも長く一緒にいて欲しい」
ガーディアンはただの消費するものじゃない。アダムの使いだって、いなくなれば補充されるだけの存在だけれど、そんな簡単に死んでいいわけじゃない。
「・・・・・・あぁ。分かった」
レイニーは少しだけ目を伏せて、けれどすぐに茶化すかのように笑って言った。
「シュガーの手料理が食えるのは俺だけだろうしな」
「す、すぐに上手くなる!」
「ははっ、どうだか」
楽しそうに言ってから彼はまた何かを考えるように目を閉じて、それからまた嬉しそうな笑顔を見せる。
「俺も、シュガーのガーディアンで良かったと心から思うよ」
だから、と彼は続けた。
「シュガーが悲しまないように、俺自身も生きるようにする」
「絶対だぞ」
「さっき約束したろ?」
「それでも、だ」
「はー、シュガーは喋り方はクールで格好いいのに、意外と抜けてて泣き虫なんだよなぁ」
「なっ!」
そんなことないと反論する前にレイニーは手紙を人差し指と中指で挟んで取り、邪魔だと言わんばかりにキッチンのカウンターに放った。
「ほら、残りも食っちまおうぜ。堅い話は抜き抜き。折角二人の時間なんだしな」
「・・・・・・・・・・・・」
「俺との時間なんだろ?」
「ん?」と楽しそうに聞いてくる彼に、シュガーレットはフンと鼻を鳴らし、パンケーキを口に入れる。そして無視を決め込んだのに、それすらも愉快だとばかりにレイニーは始終笑顔でいた。
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