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~ * ~
開いた先は石畳で、湿った匂いがした。
ゴロゴロと聞こえる雷の音は、もうすぐで一雨くることを予感させる。
「早めに済ませるぞ」
「あぁ」
陽が落ちたこの街、バルガヴェットはガス灯が点々と灯り、月がない暗闇の道しるべとなっている。
二人は周囲を警戒しながら歩き、大きな通りに出てみれば車が道の脇に停まっているだけで、人の姿も見当たらなかった。
ふと大きな建物に時計がついており、時間を見てみれば短い針が三の数字を指していた。この時間ならば皆が寝静まっていてもおかしくないかとシュガーレットは息を吐く。
以前討伐した魔女がいた街では、魔女の存在を人々は認知し恐れていた。そのため、早い時間から家の中で息を潜めていたのだが、ここはそれとは違うようだ。
(でも、なんだろう)
シュガーレットは胸元を押さえ、左右を確認する。
まだ魔女の姿はなく湿った空気が身体を纏っているだけなのに、妙に嫌な感覚がある。
「見当たらねぇな」
レイニーが呟き、腰に手を当てる。
溜息をついてこちらを振り返った彼に、シュガーレットは「あぁ」と出来るだけ普段と変わらないように頷いた。
「今回の討伐対象は無言の魔女だ。もしかしたら気配を隠す恐れもある」
「そうなると厄介だな」
舌打ちをする彼だったが、ふとシュガーレットに視線をやり「どうした?」と眉を寄せる。
「なにかあったか、シュガー」
またこちらを心配する言葉に、流石は相棒だと内心苦笑する。
前よりも敏感にこちらの心境を察知してくれるようになった。ありがたいことだが、それと同時に隠し事が出来なくなる。
いいのか悪いのか、微妙なところだ。
「・・・・・・少し、嫌な予感がする」
「嫌な予感?」
「あぁ」
シュガーレットは時計台に手を置き、ざらついたレンガのそれを撫でる。
「魔女の気配とかじゃなくて、妙に胸がざわつくんだ」
「不安、ということでもなさそうだな」
レイニーはそんなシュガーレットとは逆に大通りの方に視線をやり、警戒するように辺りを見る。
「まぁ、少し不気味な街ではあるよな」
暗闇にガス灯。雷の音に湿った空気。「幽霊でも出そうだ」とレイニーは苦笑した。
「いつもよりも警戒して行くぞ」
「あぁ」
シュガーレットは彼の言葉に頷き、また歩き出す。
静かな通りにコツンコツンと二人分の足音が響き、誰にも見えない筈の自分たちの存在が浮き彫りになっているような気がする。
――――と、不意に魔女の気配がし、シュガーレットは反射的に柄を握った。
レイニーも感じ取ったのだろう、彼も柄を握りこちらを守るように前へ出る。
「レインは前を頼む」
「了解」
そう言い、シュガーレットはクルリと向きを反転させ、背後に視線をやった。
だがそこには誰もいない。けれど魔女の気配があるため、道だけではなく建物の上にも気を配らなくては。彼女らが一体いつどこから襲いかかって来るか分からないのだから。
二人は無言で周囲を見渡すも、一向に姿は見えない。そしてその気配が動く様子もなく、シュガーレットは「少し移動しよう」と提案した。
レイニーは前を向いたまま、そしてシュガーレットは後ろを警戒しながら二人は道なりに進んでいく。
「シュガー」
彼の足が止まったと思えば、小さな声で呼ばれる。
どうしたのかと視線を向ければ、そこには横転した車があった。
事故だろうか、周りには入らないようロープで囲われている。だが問題はその先だ。
ゆらゆらと揺れる黒い影。短い髪の毛にボタンの瞳。口は糸で縫い止められている。まるで事故現場を見ているかのように、そこに魔女がいた。
「・・・・・・一旦脇道に入るぞ」
そう言い、二人は足音と気配を消しながら細い脇道に入っていった。
壁に背を当て、レイニーが覗き込むようにしながら魔女を監視する。
「あの魔女、こっちに気付いてる感じじゃねぇな」
「大きさからいって、他の人間を殺めたような様子もない」
共闘した時の怖がりな魔女と比べる必要も無いほど、人間と変わらぬ大きさだ。
しかしだからといえど油断は禁物。二人はしばらくそのまま魔女を見ていたが、彼女が動く様子はない。
「あの魔女はあそこで何をしているんだ」
「さぁな。特に何かしているわけでもなさそうだ」
「・・・・・・背後に回ってそのまま鎮魂の祈りを捧げてみる」
シュガーレットが剣を抜くと、レイニーはそれに反対した。
「ちょっと待てよシュガー。相手がどういう風に攻撃してくるかも分からないのに危険すぎる」
「だが、だからといってあえて挑発して相手をする方が危険性が増す。ならば静かにしている今、隙を狙うのが一番だ」
そう言い、脇道から路地裏へと入っていく。少し遠回りしたとしてのあの魔女の背後に回れるだろう。
歩き出したシュガーレットにレイニーは「そうだけどよっ」とまだ不安そうな声を上げつつも、ついてくる。
「途中なにかあれば俺があいだに入るからな」
「・・・・・・・・・・・・」
その言葉にピクリと眉を動かす。
鎮魂の祈りの途中でまたこの間のようなことになれば、きっと今度はレイニーがこちらを守る為に身を犠牲にするのだろう。
(もうあんなことはならない)
それでも絶対とは言い切れない以上、不安は残る。
「レイン」
シュガーレットは剣を抜き身のまま足を止め振り返る。そして強く言った。
「今回も前みたいに鎮魂の祈りが最後まで行えないかもしれない」
「・・・・・・・・・・・・」
「そうならないよう私も努力する。だがもし途中でまた止まってしまった場合、私の盾になるのではなく、私の名前を強く呼んでくれ」
「・・・・・・鎮魂の祈りが最後まで行えない理由は言わないんだな」
こちらの言葉に怒るでもなく、疑問を含ませるわけでもなく静かにそう言うレイニーに、シュガーレットは「すまない」と謝る。
すると彼は溜息をついてからグシャグシャとこちらの頭をかき混ぜた。
「わっ」
「まぁ、俺もシュガーが言うのを待つって決めてるからな」
「いいよ、言わなくて」とレイニーは笑い、髪留めを外して手ぐしで髪の毛を綺麗に結び直す。そして今度は乱れぬよう、ポンポンと軽く叩いてから彼も刀を抜いた。
「一秒でも長く一緒にいる。その約束も忘れてない。それでも、ガーディアンである以上、お前を優先するからな」
「あぁ。分かっている」
シュガーレットは頷き、瞼を閉じて一呼吸置く。そして瞼を上げた時にはもう迷いなどない。
しっかりしなくては魔女を討伐することも、レイニーを守ることも出来ない。そんなこと、もう許さない。
エリオットの死を無駄にはしない。
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