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「行くぞ」
レイニーが結んでくれた髪の尻尾を揺らし、走り出す。
魔女の姿が見えなくなるが、動いた気配はない。
シュガーレットはこの辺りだろうと道を曲がり、少しだけスピードを落とす。すると少し離れた向こうに、魔女の背中が見えた。
目視でも動いた様子はなく、こちらを気にするような動きもない。
そのまま跳躍することも出来るが、魔女がいる手前にあるガス灯を蹴った方が何かあった時に対応しやすいだろう。
シュガーレットは姿勢を低くして息を吐き、吸う。そして先ほどよりも速く駆けた。
魔女に近づいていくが、それでも彼女は振り返らない。
(なにを彼女は見ているんだ?)
そう思った瞬間、ゆっくりと視界に色が無くなっていくことに気がついた。
「――――っ!」
シュガーレットは意識を保たせるように首を横に振る。すると目の前の魔女が振り返り、両手を広げた。
「シュガー!」
レイニーの声が響く。けれどなぜだろう、彼女が何もしてこないことをシュガーレットは〝分かっていた〟
ガス灯を蹴り、跳躍する。すると薄らとまるでフィルターが掛かったかのように目の前に魔女が人間だった頃の姿が重なった。
≪私は、ありがとうって言いたかったの≫
まるで脳に直接話し掛けられているかのような感覚。
聞いてやりたい気持ち。もう大丈夫だと抱きしめてやりたい。だが――――
「すまないっ」
そんな視界の端にいるレイニーの姿に、守るべき存在を思い出される。
シュガーレットは剣を両手で持ち、そのまま鎮魂の祈りを口にした。
『アメリア・ナイトベル、我が名はアダムの使いシュガーレット』
≪喋ることをやめた私に、声を聞きたいと言ってくれた彼に、≫
『汝の魂を解放すべし者』
≪ありがとうって言いたかっただけなの≫
ボタンの瞳と、人間だった時の瞳がこちらを見る。
寂しげな笑顔は胸を切なくさせ、握る手を緩ませる。だがシュガーレットは強く彼女の額から下半身にかけて一気に切った。
『最期の産声を上げ、泣き叫べ。さすれば神が汝を見つけ――――』
頭を上げ、シュガーレットは泣きそうな顔をしながら、目の前にいるアメリア・ナイトベルと向かい合う。
『終焉の加護を授け賜わん』
人間の頃の彼女はそのまま残り、魔女と化してしまったそれが黒い霧を吐き出す。そして光の球を輝かせた。
その目の前で、彼女の思念が映像として映し出される。
――――どうして私は皆に嫌われるのかな。どこに行ってもひとりぼっちで、私には居場所なんてない。
――――それならもう話すことはやめて、気配も消して生きていこう。そして静かに誰にも気付かれることなく、死んでしまおう。
――――ハンカチを拾っただけなのに、どうしてそんなにも優しくしてくれるの? 私のことなんて放っておけばいいのに。
≪彼は私の声を聞きたいって言ってくれた。こんな私と話したいって言ってくれたの≫
いつもならば浄化されていく魔女を見送るだけなのだが、人間の彼女がシュガーレットに話し掛ける。
≪だから私はここで待ち合わせをして。それで会ったらお礼を言おうと思っていたのに、車がスピードを上げたままここへ――――≫
アメリア・ナイトベルは横転した車を見てから、こちらへ視線を戻し苦笑した。
≪彼にお礼を言えないまま死んでしまった≫
「・・・・・・そうか」
シュガーレットは小さく頷く。
他に何が言えよう。もう彼女は死んでしまっているのだ。出来ることは何もない。
≪もっと早く、聞きたいと言ってくれた時に話しておけば良かった≫
「いま、私が貴方の声を聞いている」
泣きそうな顔で何とか笑顔を作って、シュガーレットは言った。
「綺麗な声だ」
≪・・・・・・ありがとう≫
彼女は少し驚いたような顔をしてから嬉しそうに笑い、そのまま光の球と一緒に薄く消えていく。
最期にもう一度、ありがとうと言うと、そのまま何も残ることなく浄化されていった。
「シュガー・・・・・・」
見送ったシュガーレットに、レイニーが横に並ぶ。
心配そうな様子に、シュガーレットは「なぁレイン」と静かに聞いた。
「お前には、あの魔女が人間だった頃の姿は見えたか?」
「・・・・・・いや、何も見えなかった」
そこに魔女がいただけだと答えた彼に、シュガーレットは目を閉じて俯く。
(私だけ、か)
目の縁に溜まっていた涙を石畳に零してから、顔を上げて彼の名前を呼んだ。
「レイン、私もどうしてか分からないんだが――――」
これ以上隠していても危険が増えるだけだ。全て話そう。
そう決意し話し始めたのだが、突如感じた魔女の気配。
「――――っ!?」
二人はその気配がした、先ほどまで自分たちがいた時計台の方を見た。
そこには長い髪の毛を揺らし、両手をこちらに伸ばした状態で浮いている魔女がいた。
時計ほどの大きさはないけれど、それでもこの距離でも存在がハッキリ分かるのだ。先ほどの魔女とは違い、人を殺め、力がある魔女だろう。
「な、んでまた魔女が・・・・・・っ」
驚きを隠せない二人に、その魔女は少しだけ身を引いたかと思うと消えた、否、見えないほどのスピードでこちらに向かってきた。
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