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「レイン、避けろ!」
「っ!」
咄嗟に二人は左右に跳躍し、魔女を避ける。だが、すぐに魔女もクルンと方向転換し、レインへと迫った。
「レインっ!」
「くそ!」
彼は刀を握り、魔女をそれで受け止める。瞬間、ガキィン! と、まるで刃と刃がぶつかり合ったような音がした。
「シュガーっ、こいつっ、腕が刃物に変形してる!」
「なっ!」
だから先ほどの音が鳴ったのかと理解し、シュガーレットも剣を構えて魔女に切っ先を刺す――――が、もう片方の手のひらでそれを止められた。
(二人がかりでこれか!)
右手でレイニーに斬りかかり、左手のひらでこちらの剣を防ぐ。かなりの力が掛かっているだろうに、魔女を押すことも出来ない。
「レインっ、一度引っ掛けて放るぞ!」
「出来るか!」と問えば、「やってやんよ!」と好戦的な言葉が返ってくる。
腕で斬りかかられているレイニーの方が難しいだろう。こちらの方が先に少しでも浮かせる必要がある。
シュガーレットは切っ先を押し込む力を強くした。
「3カウント! 3・2・1っ!」
強く押していた剣を、わざと下へと滑らせる。そして肘あたりまで下がったそれを柄を両手で持って剣を横にする。切れない側面で肘を持つようにして宙へ放るよう力を込める。
「だああっ!」
レイニーも刀を側面にし、両手で無理矢理押した上で、少し浮いた腕を見落とさず相手の身体に切っ先を入れるも、シュガーレットと同じように手のひらで防がれる。
だが二人に押された魔女はこちらの狙い通り宙に放り出される形になった。
その隙に路地裏へと走り、隠れる。
「な、何なんだよ一体っ!」
二人で背中合わせに得物を構えたまま、レイニーは小さめな声だが混乱を口にする。
「さっき魔女は討伐した筈だ!」
「・・・・・・エリーゼが魔女が多発していると言っていた」
「でもそれは任務が増えたってことだろ!?」
話ながら上空も警戒しなくてはならない。
魔女の気配が動いているのは分かるが、一体どこからどうやって現れるかは予測がつかないのだから。
「一旦引かないと、こっちがやられる!」
「・・・・・・・・・・・・」
魔女をこの街に放置などしたくない。もしかしたらまたここにアダムの使いが来る前にまた人が殺される可能性だってある。
しかしここは一旦引かざるを得ない。
「分かった。いまカギを・・・・・・っ」
カギを取り出そうとした瞬間、ぞわりと嫌な感覚が走った。
(まさか、最初に感じていた嫌な感覚はこれだったのか!?)
シュガーレットはほとんど反射で剣を上空に突き出した。するとまたぶつかり合う音が響く。
「レイ、ンっ!」
上から押される力は強く、膝が地面についてしまいそうだ。
顔を歪ませ上を見れば、ボタンの瞳と目が合った。
(あ・・・・・・)
その黒い向こう側に見えたのは、彼女が人間だった時の姿。ハサミを持ち、笑顔で誰かの髪の毛を切っている姿だった。
「こンの、てめぇっ・・・・・・!」
ボタンの瞳の奥に吸い込まれるように見入っていたシュガーレットだったが、不意に押しが弱くなり、魔女の下から転がり出る。
≪あアぁァあぁァァ!≫
聞こえた魔女の悲鳴に何があったのかと確認する前に、レイニーに腕を引かれ走り出す。
しかしすぐ後ろからガンガンガンガンと金属が石畳を叩く音が聞こえ、追いかけて来ていることが窺えた。
「シュガーっ、怪我は?」
「ない! 何があった!」
「脚を切った!」
二人は逃げ走る。
「あの魔女、腕と手だけが刃物になってるが、他は普通の身体と同じだ!」
「っ、レイニーしゃがめ!」
シュガーレットはレイニーに覆い被さるように転がった。するとその上を魔女が両腕を構えながら通り過ぎていった。
あのまま走っていたら首が飛んでいただろう。
「一旦大通りに戻った方がいい」
「戻ったらドアが無いだろ!」
「カギを開ける余裕なんか今は無い!」
再び戻ってきた魔女に二人はまた二手に分かれ壁を走る。そして跳躍することでそれを避ければ、もうそこは大通りだった。
「でもシュガーっ、俺たちはあの魔女の名前を知らないんだぞ!」
そう叫んだレイニーに、シュガーレットは唇を噛み締める。
鎮魂の祈りを行うには魔女の名前が必須である。だからこそ、任務の際の手紙には必ず魔女の名前が書かれているのだ。
名前が分からなければ鎮魂の祈りは行えない、故に魔女を討伐することは不可能。
帰りのカギは使えるが、一度しか使えない。もし途中で邪魔が入ってしまえば帰れなくなる。
魔女がいる限り別のアダムの使いが来る可能性があるが、それまで生き残れるか。体力に限界が来るだろう。
(あの魔女が簡単にドアを開けさせる暇を作ってくれるとは思えない)
脚を切ってもあのスピードで追いかけてくるのだ。たとえもう片方の脚を切っても時間を稼ぐことは無理だ。
ならばもうこうするしかない。
「レイン。私を信じてくれるか?」
「は? なにを急、にっ!」
再び切りつけてくる魔女を刀で流し、宙へと戻す。
途中、シュガーレットも剣を振るうが、軽々と宙返りをして避けられてしまう。
魔女と向かい合ったまま、レイニーに続けた。
「彼女の記憶を読み取る」
「どういう意味だ」
「そのままの意味、だっ!」
真っ正面で魔女を受け止め、浮いた状態の脚を己の脚で引っ掛ける。するとバランスを崩した彼女にシュガーレットは覆い被さるようにし、剣を横にして両手でその手を押さえつけた。
「レイン! 地面に刺さるまで腹を刺せ! 早く!」
「くそっ、わぁったよ!」
レイニーはシュガーレットの隣に立ち、魔女の腹に思い切り刃で貫いた。
下は石畳だ。鈍い音と魔女の短い悲鳴が聞こえるも、すぐにシュガーレットは次のことを伝える。
「このまま魔女を固定していたいっ」
「そんなに深く石畳には刺さらなかったから無理だ!」
「それでもいい! ここで魔女を上から押さえつけていて欲しいんだ! お前にも!」
押し返される強い力に、シュガーレットの額には汗が浮かぶ。
それでもなんとかこのまま、魔女と顔を合わせていなければいけない。
「私がこの魔女の名前を探る! だからこのまま保っていてくれ!」
「そんなこと・・・・・・っ!」
出来るわけがない! と続けたかったのだろう。だが、最初に言った『信じてくれるか』を思い出したに違いない。
レイニーは途中で言葉を止め、頭をガリガリ掻いてからシュガーレットの後ろから手を重ねるようにして上から力を込めた。
それだけでシュガーレットが込めていた力が大分軽減される。だがレイニーの体力だって無限では無い。
「バカシュガー。俺がシュガーのことを信じてないわけねぇだろ」
「ありがとう、レイン」
シュガーレットは言い、深呼吸をした。
「じゃあ、行ってくる」
目の前にいる魔女のボタンの瞳と目を合わせる。そのもっと奥にいる自分の瞳とぶつかった。
瞬間、一気に視界に色が無くなり、モザイクがかかるかのように視界が歪む。そしてあの時のように暗くなり、目の前には先ほど見たあの魔女の人間だった頃の姿の女性が立っていた。
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