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その言葉を残し、カラス姿の彼が飛んでいく。
魔女の気を引くためだろうか、少し大きめな円を描いて飛んでいるのを見て、「あのバカっ」とシュガーレットは無意識に口に出す。
だがその効果があってか、また両手を前に出しながら魔女が彼に迫っていった。
あとはレイニーが刀のところまで行くのに間に合うかだが、魔女の素早さが少しだけ落ちている。
押し合いをしている時に体力を消費したのか、それとも腹に刀を刺したのが効いているのか。分からないが、ありがたい誤算だった。
無事レイニーは人間の姿で刀を横にグッと構えたところで、魔女の手がそれにぶつかる。
それを見つめながらシュガーレットは気配を消して走り走り出した。
――――ザザザザ!
大きな音が響く。
レイニーが魔女に押され、靴と石畳が擦れる音だ。それを聞きながらシュガーレットはあの事故現場まで行き、車に飛び乗った。
彼が押されながら魔女と共にこちらに向かってくる。
「・・・・・・・・・・・・」
深く深呼吸をし、気持ちを整える。
一瞬の勝負。賭けでしかないが、あの魔女が彼女ならば、絶対に止まる。
シュガーレットは近くなった彼らに、タイミングを合わせ跳躍した。
「ぐっ!」
歯を食いしばり、なんとか堪えているレイニーが視界に映るが今はそれを気にしている場合ではない。
跳躍と共に一緒についてきたのは、結ばれた髪の毛。
レイニーに向かって腕を伸ばしている魔女、その刃物と化している腕に向かって頭を差し出すように落ちていく。
「シュガー!?」
驚きに彼が名前を呼ぶ。それはそうだろう。このまま頭から落ちれば死んでしまう。
けれどシュガーレットはその頭を少しだけ横にずらし、結ばれた髪の毛の先端を手に持った。
魔女がこちらに気づき、片腕を上げる。手のひらがこちらを向いたのを良いことに、その腕の刃を使って、結ばれた髪の毛を切
った。
指先が頬に当ったため、一筋の傷が出来るが問題ない。
パサっと広がる、切られたシュガーレットの赤い髪の毛。
≪あ、ああ、あああっ≫
瞬間、先ほどまで押していたレイニーの刀からも手を離し、両手を見つめるようにしながら呻き始めた。
彼女の手に、切れたシュガーレットの髪の毛が引っかかっている。
(よし!)
肩から落ちた身体を素早く起こし、「レイン!」と名前を呼ぶ。するとハッとした彼は、エリオットのように両手を差し出しシュガーレットの跳躍を手伝う。
『ミア・ニットネア』
本来ならば知り得ない名前を口にする。
『我が名はアダムの使いシュガーレット』
跳んで落ちる先は、まだ自身の手を見る魔女。
『汝の魂を解放すべし者』
否、髪の毛を切った彼女だ。
絶対浄化すると約束した、あの彼女がそこにいる。
『最期の産声を上げ、泣き叫べ。さすれば神が汝を見つけ――――』
剣を両手に持ち、そのまま重力に逆らわず頭へと。
『終焉の加護を授け賜わん』
一気に貫いた彼女は、他の魔女と同様に黒い霧を吐き出し、光の球へと変化していく。
それを見つめていると、ポツリと雫が頬に当った。
――――いらっしゃい! 今日はどのような髪型にします? えぇ? 私の好きなようにって、ダメですよそれじゃ!
――――ちょ、何をするの!? やめて、やめてよ、やめてぇぇぇぇ!
――――もう痛みも感じない。こんな動かない手に何の価値があるの? 私はもう、全部終わったわ。
涙かと思ったそれはついに降り出した雨だった。
だんだん強くなっていくそれに濡れながら、シュガーレットは笑顔を浮かべて最期を見送る。
「ありがとう、ミア・ニットネア。貴方の手は最期まで優しかった」
撫でられた頭の感触を思い出す。優しかったそれは、彼女の本来の心だろう。
どうか少しでも安らかに眠れますように。
「シュガァァァァ!」
「ん?」
雨と雷の音に負けない声が隣から聞こえ、隣を見る。するとそこには刀を拾い柄に戻し終わったレイニーが濡れながらも手をワナワナと震わせていた。
「おま、髪っ、髪の毛!」
「あぁ」
まだ結べているが、先ほどよりも短くなったその髪の尻尾。
綺麗に切れた為、ガタガタになることもなく揃っている。適当に切ったとは誰も思わないだろう。
しかしレイニーは「髪が、髪がっ」と嘆く。
「いいだろう、髪の毛くらい」
「よくねぇよ! 俺がどれだけ大事に今まで切ってきたと思ってんだ!」
「・・・・・・まぁ、確かに伸びたらお前が切ってくれていたが」
そこまで気にするかと溜息をつく。
「帰ったらお前がまた好きなように切ればいいだろ」
「そういうことじゃねぇんだよ!」
「はいはい。もう帰るぞ」
シュガーレットは適当にいなし、大通りからドアがありそうな裏路地へと入っていく。
雨も強い。すでにぐっしょり濡れてしまった身体は着替えるよりも風呂に直行だろう。
(無事、任務完了出来たな)
まさか魔女が二人も現れるなんて思ってもいなかった。
もしかしたら帰ってこないアダムの使いが多いのはそのせいなのかもしれない。
自分たちだって魔女の名前が分からなければきっと帰ることも出来ず殺されていただろう。
「記憶、か・・・・・・」
シュガーレットは足を止め、呟く。
「シュガー?」
「・・・・・・なぁレイン」
雨に打たれ、髪の毛が頬に貼り付く。
切れたそこは浅かったらしく、雫のおかげで血は目立たずにすみ、レイニーにいらぬ心配を掛けずにすんでいた。
けれど、これから話すことはきっと彼を困らせるだろう。
魔女が人間だった頃の記憶。しかしただ記憶を見るのではなく、その人間だった彼女たちと話すことが出来ること。
それはたまたまではなく、自分の意思で出来ることも今回分かった。
鎮魂の祈りを遮ることは無かったが、また彼女たちと言葉を交わすことになったら――――
「どうして、私は魔女になってしまった彼女たちと話が出来るのだろうな」
「・・・・・・・・・・・・」
石畳を叩く雨音が大きく感じられる。
その中で自嘲的に笑ってしまう自分は、一体なんなのだろう。
「私は、どこか・・・・・・」
ただ、余計に彼を困らせてしまうだけのに。
「どこか、おかしいのかもしれない」
「――――そうだな」
そう返事をしたのは、彼の声ではなかった。
向かい合うレイニーも驚きの表情を顔に浮かべ、しかし次の瞬間シュガーレットを抱き寄せる。
ガス灯の光が雨のせいで歪んでしまい、淡いそれは奥まで届かない。しかし、路地裏の影から現れた彼の姿を雷の光が照らしてくれた。
「ナイ、レン?」
同じように雨に濡れた、ナイレンの姿。
彼はレイニーよりも少し長い刀を手に持ち、静かに告げた。
「死んでおけ、シュガーレット」
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