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「中尾さん、私はあなたが犯人とは言っていない」
その言葉に、中尾は少しだけ冷静さを取り戻せた。
「だったら、早く犯人を突き止めてください。変な誤解を受けて困る」
「そのためには、もっと情報が必要です」
「充分出したでしょう。容疑者を四人も!」
「まだ足りません。もっと大事な情報があるはずです」
「さっきからどういう意味ですか?」
「奥さんと別居していませんでした?」
「え、どうしてそんなことを⁉」
中尾は、怖いものを見るような目つきで広瀬を見た。
広瀬は、それを見て満足そうに笑った。
「やはり、仲を良さそうに見せていたが、真実は違ったようですね。それも、あなたが一方的に不満と怒りを募らせていたんでしょう」
「ち、違うんだ。別居はしていない。ただ、ここ一か月ほど、顔を合わせないよう、平日は朝早く家を出て深夜に帰宅して、休日はスーパー温泉やネットカフェで寝泊まりしていました。なぜそれが分かったんですか?」
「それはもう別居と同じです。食事も一緒に食べていなかったんでしょう」
満里奈が叫んだ。
「あれ? 空豆ご飯は? 中尾さんのために作ったんじゃなかったの?」
中尾は、「どうして作ったのか、分からない……」と、弱々しく言った。
「それだ。僕が変だと思った理由は。夕飯の支度はされていなかったのに、冷凍庫に夫の好物の空豆ご飯が入っていた。つまり、こう考えた。奥さんは、自分が作った夕飯を食べない夫が、いつ食べたいと言ってもいいように用意していた。あなたにも分かったはずだ」
広瀬の言葉に、中尾が真顔になった。
「凄いなあ、探偵は……」
「ウソ―!」「そんな……」
満里奈だけでなく真琴まで、豹変した中尾に驚愕して息を飲む。
それと同時に、妻の献身的な愛情に涙した。
「あんなに奥さんを大事にするようなことを言っていて、そうじゃなかったのね」
「奥様はどのような気持ちで空豆ご飯を作ったのでしょう……」
泣きだした満里奈たちに対して、中尾は説得するように話し始めた。
「ちょっと待って。勘違いしないでくれ。たしかに、不妊治療を巡って喧嘩はした。それがこじれて、妻の顔を見たくないと一時は思った。だけど、妻がいなくなって気が付いたんだ。私にとって大切な人だったんだと。この悲しみは本当だ。嘘は吐いていない。信じてくれ!」
「あなたにはまだ隠していることがあるでしょう。外に仲の良い女性がいたんじゃないですか?」
広瀬の爆弾発言に、女性たちの目つきが一層険しくなる。
「妻を愛していた夫が、ある日突然人間が変わったように冷たくなる理由は、外に女が出来たからというのが大きい。あなたと奥さんの間で不妊治療を巡って喧嘩が絶えなくなり、タイミングよく他の女性といい仲になったんじゃないですか? 妻と顔を合わせないようにしたのも、この嘘を隠すためでしょう」
「………………」
中尾からぐうの音も出なくなった。
「サイテー! 自分のことを棚に上げて、奥さんが浮気しているのなんの。よく言えたわね」
「酷い男!」
満里奈だけでなく、真琴も咎めずにいられなかった。
「言いがかりだ。浮気はしていない」
「そんな大汗掻いて、狼狽えて、騙し通せると思ってんの?」
女性二人に責め立てられて、中尾はタジタジと後退する。
「逃げ道を探そうったって、そうはいかないからね」
「本当に違うんだ! 信じてくれ!」
「満里奈、邪魔するな。中尾さんが話せなくなる」
「うー」
満里奈は渋々引っ込んだ。
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