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「今日は何が入っている?」
「大振りのアイナメが入荷しています」
真琴が50㎝を越えるアイナメを持ち上げて見せた。体に走る5本の側線がくっきり見える。
「どんな料理になるのかな?」
「脂がのっているので、炙り刺しがお勧めです」
「いいね。他には?」
「煮つけ、焼き物、葛打ちのお椀にもできます」
「いいね。全部貰おう。今夜はアイナメ尽くしだ」
満里奈がうんざりした顔で言った。
「私、今日はお魚の気分じゃない」
「旬のお野菜の天ぷらはいかがでしょう? 行者ニンニク、蕗の薹、タラの芽、山ウドなどがあります」
ここにきて我がままを言う満里奈に対しても、真琴は笑顔を崩さない。
皮肉や当てつけを言われても平然と対応している。接客もプロである。
「それにするわ」
想像しただけで思わず美味しそうと感じて、涎が口の中に溢れた。
それがまた悔しい。
メニューが決まり、広瀬と満里奈は日本酒を飲みながら待った。
アイナメを捌きながら、真琴が、「先日、広瀬様について、問い合わせの電話がありました」と話した。
「僕について? 詳しく聞かせてくれ」
「相談したいことがあるので、来店日を教えて欲しいと。お客様の情報はお教えできませんとお断りしました」
横で聞いていた満里奈は、「余計な事をしないでよ」と、むくれた。
広瀬もこれにはさすがに反論した。
「真琴さんは何も間違っていない。ここは真琴さんのお店だ。どのように対応するかは、真琴さんの決めることだ」
「仕事の依頼だったら、機会を逃したようなものじゃない」
「僕に依頼したいのなら、他の手段で連絡してくるだろう」
「そんなに都合よく行くかしら。逃した魚は大きかったかもよ。そのアイナメみたいにね」
言い争う二人に対して、真琴は申し訳なさそうに言った。
「広瀬様のことは話せませんが、来店時にメッセージを渡すことはできますとお伝えしました。すると、それなら自分の電話番号とメッセージを伝えて欲しいと言われました。どういたしますか?」
「見せてくれ」
真琴は、伝言メモを広瀬に渡した。
「これです。連絡を取るも取らないも、広瀬様次第なので期待せずにいてくださいとお伝えしておりますから、捨てても構いません」
広瀬の負担にさせないよう、きちんと配慮している。
伝言メモには、「中尾隆司 080-XXXX-1231 事件解決に手を貸して欲しい」と書かれていた。
「なんてことだ⁉」
広瀬が大仰に驚いたので、近くで見ていた満里奈と真琴もつられて驚いた。
「何? どうしたの?」
「お知り合いだったんですか?」
「いや、違う。知らない名だ」
「では、なぜそんなに驚くの?」
「この電話番号の下四桁が僕の誕生日だからだ。凄い偶然だなと驚いた」
「なーんだ」
理由を知れば大したことなかったが、このような偶然の一致も珍しい。
満里奈もメモを覗き込んだ。
「本当だ。広瀬は、十二月三十一日生まれだもんね」
「大晦日にお生まれになったんですね」
「あと数時間遅かったら一月一日だったのに残念だと、毎年正月に集まる親戚から言われるよ。一番忙しい時に生まれたと…………。ああ、この話はどうでもいいか」
本題から逸れ過ぎたと気付いて黙る。
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