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満里奈が、「当然、断るんでしょね?」と確認すると、「いや、受けようと思う」と、答えたので驚愕した。
「嘘でしょ?」
「電話番号になんとなく縁を感じたんでね。真琴さん、どのような事件か言っていたかい?」
唖然とする満里奈を無視して、広瀬は真琴に聞いた。
「妻の死について、意見を聞きたいとのことでした」
「奥様の死? おだやかじゃないね」
何があったのか気になった広瀬は、自分の携帯を取り出すとメモの番号に掛けた。
「――もしもし、広瀬と言います。中尾隆司さんですか? ――ええ、そうです。宇賀にいます。そうですか。お待ちしています」
電話を切った広瀬の前に、タイミングよく、アイナメの炙り刺しが出された。
新鮮でハリのある白身の表面を、軽くバーナーで炙っている。
中から浮き出た脂が膜のように全身を覆い、ピカピカと輝かせている。
炙る瞬間を見損なった。
「相手の方、ここに来られるんですか?」
「ああ、30分程度で来るそうだ。いいかい?」
「こちらは構いません」
真琴が続いて満里奈の天ぷらに取り掛かる。
旬の野菜たちを天ぷら衣に軽く潜らすと、熱せられた黄金の油に次々と投入していく。
広瀬は、油に投入した瞬間に上がる「ジュワー」の音が威勢よくて好きだ。
――さあ、これから宴が始まるぞ。
そんな声が聴こえてくる気がするのだ。
油の海で泳ぐ天ぷらから、「プチッ」と弾けた音がすると、真琴がサッと取り上げる。
その一分の無駄もない、流れるような所作を見て楽しんだ。
あっという間に、満里奈の天ぷら盛り合わせが完成した。
三種の塩と天つゆを一緒に出した。
「お待たせしました。お好みで塩か天つゆをご使用ください。塩は、藻塩、七味唐辛子塩、カレー塩の三種類を用意しております」
熱々揚げたての天ぷらからは、白い湯気が立ち上がっている。
蕗の薹の青が薄い天ぷら衣に透けて見える。
広瀬は、特有のほろ苦さと爽やかな青臭さを想像してしまった。そうなると、食べずにはいられない。
「美味しそうだな。僕も頂こうか」
「わざわざ注文しなくても、私のをあげるわよ」
「いいよ。きっと君の分が無くなってしまうだろうから」
二人の方が天ぷらよりよほどアツアツだと真琴は思った。
「すぐにご用意できます」
真琴は、広瀬用の天ぷらを揚げ始めた。
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