2人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
始めてみよう、ルアーフィッシング!
夜の漁港……。
それは未知なる魚が待ち受ける、釣り人達にとって聖地とも言えよう……。
「愛結、行くよ」
友人の峰田桜は、私を急かす。
「あ!ちょ、待ってよ〜」
先に自転車を漕ぎ始めた桜の後を追うように、私も自転車のスタンドを下ろした。
あ、いい忘れていたけど私、夏川愛結って言います!
「さーて、始めますか」
私は夜の漁港に立ち、釣具の準備を始めた。
時刻は夜の8時。干潮だ。
「漁港とはいえ、昼と夜じゃ釣れる魚も釣り方も変わってくるのよ」
「ほぉ〜、とすれば?」
「愛結、あれは持ってきた?」
「あいよ、ばっちり!」
DUOから発売されている「はじめてのライトプラグセット」。
ライトゲーム用のプラグが3つと、ケースがセットになって2200円。桜と釣具屋に行った時にたまたま見かけた物だ。
「よろしい!」
桜は私がバックから取り出した箱を開封し始めた。
「今まで餌釣りしかした事なかったんだけど、ルアーって意外と小さいんだね」
見た所3cmとか、それくらいの大きさ。ちょっとかわいいかも。
「全部が全部こうって訳でもないのよ。中には20cmを超えるようなルアーもある」
桜はルアーのうち1つ、一番左のやつを私に手渡した。
「針があるから気を付けて。こういう樹脂でできたような硬いルアーの事をプラグって言うの。小さくて軽いプラグだから、ライトプラグ」
「おー、なるほど」
「今回は私の竿を貸してあげるから、これを使って」
そう言って、桜は普段使わない釣り竿を私に手渡した。
「ありがとう、桜ちゃん」
「暗くてよく見えない…」
「足元に気を付けて。さっそくはじめてみましょう」
私は手始めに左手に向かってルアーを投げた。
リールを巻くと、プルプルとルアーが動く感触が伝わってくる。
「愛結、もう少しゆっくり」
「え、でも……」
これ以上ゆっくり巻くと、プルプルとした感触が伝わってこなくなってしまう。
「それでいいのよ。あまり早く動かしすぎても、魚達が追うのを諦めてしまう」
「わかった」
言われたとおり、ゆっくりと巻いてみる。
すると、今度はルアーが何かにゴツゴツとぶつかるような感触が伝わってきた。
「もしかして、底に当たってる?」
「その通り。今使ってるルアーは、それなりに深くまで潜って泳ぐように作られてるの」
「大丈夫?根がかりしないかな…」
「大丈夫。万が一根がかりしたときは、慌てずに落ち着いて、一度力を緩めれば案外取れたりするものよ。それよりも、大事なのはルアーを底にぶつける事なの」
ルアーが手元に戻ってきた。もう一度、同じ場所へ投げる。
「時と場合によるけど、隠れる習性のある魚を釣るには、ギリギリを攻める事が大事なのよ」
「ほぇ〜、なるほど…」
再びルアーが手元に戻ってきた。
「今度は、右側のブロックの際に向かって投げてみて」
「あんなブロックだらけの所に!?大丈夫なの?」
「いいから。きっと大丈夫。投げたらさっきのようにゆっくり巻いてみて」
言われたとおりに投げる。さっきよりも、ゴツゴツと底にぶつかる頻度が増える。時々、岩に引っ掛かるような感触もあり、ヒヤヒヤしながら巻いていた。
「ルアーをそうやって底にぶつける事を『ボトムノック』って言うの。水の底を這うように移動する小魚などを演出するテクニックね。ルアーが底にぶつかれば、コツコツと音が出るでしょう?音が気になった魚達は、岩の隙間から顔を出す。そして……」
ブルブルッ!
「…おっ!」
私は反射的に素早くアワせた。
「かかった!」
「やった!潜られないように竿を立てて、針が外れないように慎重に寄せて」
カリカリと、リールから少しだけ糸が出ていく音がする。
引きは強いけど重くない。これなら、タモはいらないかな…?
「……やった!釣れた!!」
サイズは少し小ぶりだが、初めてルアーで釣れた魚。
「やったよ、桜ちゃん!」
「うん、やったね!」
20cmほどの、やや小さめのカサゴ。
「背ビレや顔のトゲに気を付けて。刺さったら痛いわよ」
「ひっ」
私は触ろうとした手を引っ込めた。
「毒とかあるの…?」
「このカサゴは大丈夫。多少の毒はあるらしいけど、人にはほとんど無害だから」
「よかったぁ」
ピチピチと跳ねるカサゴを少しつついてみる。
「かわいいねー」
「いい?このカサゴは大丈夫だけど、海の魚は危険な魚も沢山いるわ。【得体の知れない魚や生き物は、不用意に触らない事】。今日は私が貸してあげるけど、1人の時は必ず魚を掴むための道具を用意してね」
「うん、わかった。このカサゴはどうするの?持って帰る?おいしそ〜」
「う〜ん、針の刺さり方もよくてケガもしてなさそうだから、今回はリリースしましょう。もっと大きくなったら、また釣ってやろうじゃない」
「え〜、残念」
私は丁寧にカサゴから針を外した。
「バイバイ、元気でね」
海に返したカサゴは、元気よく泳いで去っていった。
すこしポイントを変える。
「流れが止まってるね」
「今度はこっちも使ってみようか」
そう言って手渡されたのは、同じセットに入っていた黄色のルアー。
「壁際を狙って投げて、少し早めに巻いてみて」
言われるがまま、やってみる。が、うまく狙ったところに投げられない。
「難しい……」
「いいのよ。そのまま」
ルアーが、影に差し掛かったその直後
「あっ!!」
水面に突如として現れる魚影。さっきよりは小さい。
「おっ、来たね」
糸を手繰り寄せると……。
※追記
このシーバス、調べてみたのですが、もしかしたらマルスズキではなくタイリクスズキの幼魚かもしれません。
「この魚は……?」
「セイゴ…よりもさらに小さい。俗に言うシーバスで、出世魚よ」
「へぇ〜」
「これも小さすぎるから、今回はリリースね」
「うん、バイバイ」
水に返したシーバスは、一瞬の内に見えなくなってしまった。
「いやー、楽しかった!」
「喜んでもらえてなにより。これで愛結にもルアーフィッシングの魅力が伝わったかしら?」
「うん、次はスズキ釣りたい!!」
スズキ……つまりシーバスの事だ。スズキはサイズが変わると名前が変わる出世魚で、それをまとめてシーバスと呼ぶことが多いらしい。
「じゃあ、次はスズキを釣りに行きましょうか!もっと難しくなるわよ」
「うん、次もまた一緒に行こうね!」
こうして、私、夏川愛結の釣り伝説は始まった。
この時の私はまだ知らない。まさか私があの化物と戦う事になるとは…………。
最初のコメントを投稿しよう!