泣き虫でやさしい僕のヴァンパイアへ

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****  春が来て、夏が終わり、秋を過ぎて、冬になる。  そんな季節の移ろいを幾度も幾度も重ねて。  僕は大人になった。  何度も生死の境を彷徨った姪っ子も、歳をとるにつれて元気になり、いまは僕と一緒に暮らしている。  泣き虫のヴァンパイアは僕が施設を出てからも、毎晩のように現れる。   物置部屋で、時間を忘れて彼の話に耳を傾けていた子どもの頃と同じように。  ひとつのブランケットを二人で分け合って、窓辺に座り、夜空を見ながら会話する。その時間が一日で最もしずかで、愛しく、穏やかなものだった。  ヴァンパイアは未来のことは語らない。  一日先のことさえなにも口にしない彼は、うつくしいままで。  時の流れから置き去りにされた彼の顔から、さびしさが消えることはなかった。    たまに夕食を一緒に摂ることがある。  彼と、姪っ子と、僕の三人で。  人間の食べ物は胃の中で腐ってしまうからと言って、彼はワインしか飲まないけれど。  それを不思議がりながらも姪っ子は美麗なヴァンパイアに夢中で話しかけていた。  けれどその出来事だって、翌日には彼女の中から消えている。  水切り籠に残っていた食器を見て、普段は使わないワイングラスに首を傾げ、昨日誰か来てたっけ? と僕に問いかけきたことはあるけど、誰も来てないよと僕が答えるとそれですべてがなかったことになるのだ。  何度姪っ子に忘れられても、彼は僕が食事に誘えばまた席についてくれる。  姪っ子に、惜しみない笑顔を向けてくれる。  僕と姪っ子が……彼の愛したご先祖様の、子孫だから。  僕はご先祖様が憎い。  彼を縛り付けているご先祖様が、憎い。  ご先祖様は、知っていたのだろうか? 彼が、忘れることができないということを。  人間のように記憶を消すことができない彼が、ずっとずっと、ご先祖様の顔や声や匂いを忘れることなく抱え続けなければならないということを。  知っていてなお、子どもやその子どもを見まもってくれと、頼んだのだろうか。  自分だけが忘れられてゆく孤独にさらされて、多くの死を見届けて……きみがあんまりさびしそうだったから、と言って僕の前に現れてくれて……。  僕よりも彼のほうが、さびしかったくせに。  僕と交われば、僕が居なくなったときに自分がもっと、さびしくなるくせに。  それでも毎晩僕を抱きしめにきてくれる、彼を。  僕は。  さびしくないように、してあげたい。  その方法を、ずっとずっと考えている……。
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