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ぽたり、ぽたり。
一定の速度で点滴筒の中に輸液が落ちてゆく。
眠れない夜に僕は、羊の代わりにその雫を数えるのだ。
ある程度の数字になる頃にはいつの間にか寝てしまっているから、わりと効果的だと思う。
でもいまは昼間だから、僕はそれを数えることはせずに、ギャジアップをしたベッドの背にもたれかかって、レースのカーテン越しに窓の向こうへと視線を投げた。
海辺の、こぢんまりとした病院の一室からの眺めは悪くない。
換気のため十センチほど開けている隙間から時折吹き込む風が、カーテンをはためかせ、青い海がキラキラと光る様を見せてくれる。
床頭台には姪っ子が集めてきたきれいな貝殻が並んでいる。
貝殻の奥には、写真立て二つがあって。
前に住んでいた家の、窓の写真とベッドの写真が飾られていた。
なぜ窓とベッドを写真に残したのか、僕はまったく覚えていないけれど、これを撮ったのは僕なのだと姪っ子が言っていた。
その姪っ子は今日もたぶん、学校終わりに顔を見せに来てくれるだろう。
彼女の元気な声を聞くのが、いまの僕の一番の楽しみだ。
姉の忘れ形見である姪っ子には、このさきたくさんのしあわせが訪れるよう、願ってやまない。
よく晴れた空からの陽光を受けて、海はきれいに澄んでいた。
今日はいい日だ、と僕は思った。
景色はうつくしいし、体調も悪くない。
今日はいい日だ。
ふわり、と舞ったカーテンが、床頭台の端に置いてあったコップを倒した。中身は空だったしプラスチックのコップなので被害はない。
僕は手を伸ばしてコップを起こし……ふと、テレビの手前に立てかけてある画用紙に気付いた。
なんだろう、これは。
そっと取り上げて、膝の上で広げる。
描かれていたのは、男のひとの絵だった。
きれいな黒い瞳と。
艶やかな黒い髪と。
なめらかな白い肌の、うつくしい男のひとが。
やさしく。
やわらかく。
花がほろこぶように。
満面の笑みを、浮かべて。
しあわせそのものというような顔で、笑っていた。
これは誰だろう。
まったく知らない男のひとなのに。
その笑顔を見ているとなんだか苦しくて苦しくて。
なぜかわからないけれど、泣けてきた。
僕がひとり肩を震わせて泣いていると、病室を覗いた看護師さんが驚いて僕に駆け寄り、どこか苦しいんですかと言って背中を撫でてくれた。
僕は首を横に振って、違うんです、と答えた。
この絵を見てると、なんでか泣けてきて。
涙声でそう答えると、看護師さんも画用紙を覗き込んできた。
きれいなひとですね、と看護師さんが言った。
とってもしあわせそう、と。
この絵は誰が描いたものなのだろう。
姪っ子なら、なにか知っているだろうか。
姪っ子が来たら、聞いてみよう。
しあわせそうに笑う、彼のことを。
一度会ってみたいな、と僕は思った。
この絵の彼に。
会ってみたい。
会って、そして……。
この絵と同じ笑顔を、見せてほしかった。
泣いたせいで体力を消耗したからだろうか、不意の眠気を覚えて僕は看護師さんの手を借りて横たわった。
頭部のギャッジを下げて、点滴の速度をチェックした看護師さんが部屋から出てゆく。
その足音を聞きながら、僕はそっと目を閉じた。
次に起きたら、姪っ子に、絵のことを尋ねるのを忘れないように、胸元にしっかりと画用紙を抱きしめて。
僕は波に揺蕩うように、ひとり眠りについたのだった……。
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