55人が本棚に入れています
本棚に追加
10 イケメンでもパワハラはいけません
日々、お仕事に励む私、もとい俺。十六才になると成人。王宮やいろんな仕事で正式採用になるのもこの歳から。それまではどんなに優秀でも非正規雇用、ぐっすん。
お城や街中のお店とかに就職したくない若者は、冒険者になって魔獣退治とかして生計を経ててるらしい。ファンタジーだから。ま、地方にはギルドとかあって結構稼げるみたいだけど、力の強い野獣系の獣人さんならではの話。
私には無理。ド○クエもF F もやったこと無いからダンジョンなんかに行ったら、ソッコー迷子。方向音痴だし、前世は。
今は山猫に転生したおかげでおヒゲとか耳とか駆使して迷わないでお城の中は歩けるようになった。自分の匂い辿っていけばいいんだもん。今日もお城の中を書類抱えて走ります。
はっ......あれに見えるはお妃様。艶々な黒髪がとっても素敵な黒豹の獣人さん。ちょっと気が強くて、時々王様の頬っぺたに何気に引っ掻き傷があるんだけど、それでも王様はお妃様にメロメロ。あれだけの美人さんならねぇ.....しかも強いのよ、元は騎士様だから。
色んな獣人さんに憧れられてブイブイ言わせてたんだけど、運悪く(運良く?)王様の護衛騎士に任命されちゃって、お妃様に片思いしていた王様に猛烈求婚されてしぶしぶお妃になったんだって。
その時は凄かったって、侍従長さん曰く。
お庭で獣体になってバトルすること一昼夜。まぁ、最後に体力に勝る獅子の王様がお妃様を押し倒して、アッハン♡で決着したみたいだけど。人前でアッハン♡するなんて、どんだけケダモノ......って獣人でした、はい。
でも、いいなぁ~格好いいなぁ~、あんな美獣さんに産まれてきたかった。同じ猫科と言っても、こちとらしがない山猫、やっぱり格が違うのよね...溜め息。
「なぁにやってんだよ」
後ろから、大事な猫耳引っ張る無礼なやつ。振り向かなくても匂いでわかる。やっぱりルノア。まぁた寝癖ついてる。
「何でもないっ!あんたこそ何やってんだよっ」
「俺は見廻り。.....あのなぁ、どんなに見惚れても、猫は猫。高望みしてないで、さっさと俺と結婚しようぜ~!」
肩抱くな、馴れ馴れしい!みんな見てるじゃないよ。
「やだっ!」
猫パンチくらわして、さっさと廊下を財務部へ走る。いけね、爪立てちゃった。
でも、獣人前で馴れ馴れしくするあんたが悪い。査定に響くじゃんよ。正式採用勝ち取れるかどうかの大事な時なのに。ぶつぶつぶつ......。
「遅くなりました。申し訳ありませんっ!」
財務部のドアのノック、丁寧にお辞儀をして入室すれば、マーシー長官がにっこり微笑む。ん~今日もダンディですね、長官。そちらのシャム猫秘書さんと絡ませ合ってる尻尾がちょっと気になりますが.....。
「イツキくん、だったね。ご苦労さま。君は正式採用希望なんだって?」
「はいっ!」
元気よく、お返事。
「君は真面目で頑張り屋さんだから、きっと大丈夫だよ。私から推薦してあげてもいいよ」
にっこり.....目を細めて笑うお顔が、何気に悪いお顔になっているのは気のせいでしょうか。
「美味い魚を食べさせる店があるんだ、今度、一緒にどう?」
え~と......それはもしやアフターファイブのお誘いでしょうか?つり上がった切れ長の目が底光りして怖いんですけど.....。
「いえ、あの.....俺、未成年なんで.....」
「大丈夫だよ。黙っていればわからない」
未成年に飲酒を勧めてはいけません。青少年保護条例は守りましょう。......って、なんで机から立ってにじり寄って来るんですかぁ?.....あれ、秘書さん、なんで別室行っちゃうんですかぁ?長官、その尻尾ブンブンしてるの、なんでですかぁ~?
ジリジリ後ろ向きのまま、間合いを詰めてくる長官から後退り。かと言ってシャーって威嚇も出来ない。偉いさんだもの。採用があぁ......。
もぅ後ろが無いっ...というところで、ドアが開いて、ガシッと後ろから抱えられた。
「ダメですよ、長官。未成年からかっちゃ。ウチの嫁さん、初心なんすからぁ~」
ルノアだ。口は軽口叩いてるけど、マジ怒ってる。目が怖い。毛が完全に逆立ってる。たぶん尻尾も。長官、ルノアの本気に、さすがに尻尾がしゅんて垂れた。助かった.....。
「いや、冗談だよ。.....イツキくん、推薦はちゃんとしておくから。早く部署に戻りなさい」
「はいっ!ありがとうございます」
ペコリと頭を下げて、ズルズルとルノアに廊下に引きずり出される。こら、ドアはもっと静かに閉めなさい。でも...助かった、まじ感謝。
「危なかったな、怖かったろう?」
廊下の角を曲がって、人目の無いあたりで、頭をぐりぐり撫でられる。
「怖くなんか.....」
「まだ、尻尾がタヌキだぞ」
そうなんです。虚勢張っても尻尾は正直なんです。このバカ尻尾!
「気をつけろよ」
いつになく優しい口調にこっくり頷く。
「うん、ありがと......」
「お前は昔っから、しっかりしてそうで無防備だからなぁ.....」
ーえ?昔?なんですと?ー
「いや...ほら......お城に来た日から迷子になってたじゃないか」
急いで付け加えるルノア。それ言わないで~、黒歴史なんだから~。一時間も迷って、捜索されてルノアに発見されたなんて、黒歴史以外のなにものでも無いんだから。
「まぁ、また後でな.....」
なんとなく複雑な表情でデコちゅーをしていくルノアの背中に奇妙な違和感を感じたのは、きっと気のせい。
最初のコメントを投稿しよう!