始まり

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始まり

 村から少し歩くと森がある。入ってしばらくは下草もあまり密集しておらず、木の枝は程よく落とされ、野苺や椎の実やらが簡単に手に入るような森だ。  そこに、ぷよぷよ、コロンとしたものがあった。それを最初に見つけたのは一体誰だったろう、飼い葉屋の三男か、それとも金物屋の四女だろうか。ともかく、あれは魔物が現れる先触れだ。 「……潰して!」  子供たちは森に入るとき、集団で行動するのが村の掟だ。  遠くで鳥が鳴いていた。グニ、と村ではあれをそう呼んでいる。数体のうちに潰しておけばなんともないが、グニが成長し、個体を増やすとグニを捕食するためかなんなのか、次の魔物が現れる。  だから、木の枝でも使って、見つけ次第、潰しておかねばならないのだと言われていた。  だがしかし、グニに一番近くにいた子供は怯えたように首を横に振り、後ずさるばかりだった。誰もが凍ったように動かない。 「なにやってる! 早く潰さないと!!」  ンジャヤだって、大人がいないときにグニと遭遇するのは初めてだった。 「い……いやよ、火傷するかもしれないじゃんか」  そう、グニは、酸を吐く。死んだり、大怪我をするほどのものではないが、あの酸に当たってしまえば必ず火傷する。この村の大人の腕にはたいてい、グニの酸の火傷痕がある。 「一体だけだし……明日までには誰か大人が潰してくれるんじゃないかな」  まだこの時間、森の奥には狩人がいるし、これから森に出てくる大人もいるような時間だった。  そんな話をしているうちに、グニはぷるぷると震えだした。ぷるるん、と大きく揺れたかと思うと、二つに割れる。先ほどは赤ん坊が握りこぶし程しかない大きさだったものが、猫の頭くらいの大きさになっていた。  腹立ち半分、焦り半分でンジャヤは駆け出した。  駆けた勢いのまま、思いきり、グニのひとつを蹴り飛ばす。  グニャリ、と嫌な感触がした。手に持っていた棒でもうひとつも叩き潰す。  べしゃり、とグニは木に当たり、棒に当たった。嫌な匂いを撒いてグニは簡単に潰れた。幸いなことに、酸の被害は無かった。 「さすがンジャヤ!」 「すごい……勇気あるぅ」  子供たちからは口々に称賛の声が上がる。  ンジャヤはじっと、グニの死骸を眺めていた。 (怖かった。気持ち悪い。臭い。何でみんなはやらないの?)  グニは見つけ次第、誰かが潰さねばならないのに。  その日、ンジャヤは村の大人たちに褒められた。そんなことよりもンジャヤにとっては腹立ちのほうが勝っていた。  なぜ、誰かに押し付けようとする?  なぜ、自分で動こうとしない?  手にも足にも、あの不快な感触が残っているようでその夜ンジャヤはなかなか寝つけなかった。
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