はじまりはじまり

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 ほんの数ヶ月前に六人目の子供を出産したカリムの妻は、子供の面倒もあるしと残る旨を告げたが、前年に大祭を司った獅子の氏族に挨拶をしに行くのに、今年の大祭を任された狼の氏族の長が一人だけというのも味気ない。  何せ獅子の氏族長の妻は、元はこの狼で氏族出身の女性で、肉感的な肢体と艶やかにうねる見事な黒髪を持ち、いろんな氏族から求婚の絶えぬ絶世の美女だった。  カリムの妻が嫁いできて右も左も判らぬ小娘であった頃、臈長けた美貌のその人には大変お世話になっていて、また可愛がられていた。カリムの妻も、本当は彼女に会いたいだろう。  そもそも。カリムの妻はただでさえ遠いところから文字通り身一つで嫁いできた。寧ろ、彼が見初めて奪ってきた、と言った方が正しいか。  その辺り、普段は穏やかに見えても、やはりカリムも一端の盗賊という訳で。  十二かそこらで拐かされて慣れない環境に身を置き、即座に身籠ってから、ずっと彼女は頑張ってきた。  普段、子供や他人の面倒ばかり見て自分の事は二の次三の次な嫁に、夫であるカリムも周囲の人間も「今日くらい、羽を伸ばしてゆっくりしなよ」と言い進めたのである。
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