悪霊祓い

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悪霊祓い

妻の様子がおかしくなったのは去年の夏の日だった。 「寝室に黒い影がいる」 そう言って寝室に入りたがらなくなった。 気のせいだとなだめても却って感情を高ぶらせるばかりだった。 気がつけば妻は毎晩というもの一睡もせず、台所の隅で膝を抱えてぶるぶる震えているようになった。 妻の言う「黒い影」は本当かもしれない。 半信半疑だったが、もう妻の姿を見ていられなかった。 俺はあちこちの伝手を頼り、悪霊祓いに定評のある霊能力者に依頼をした。 「確かにいるね。黒い影。これはしつこいねえ…」 寝室を見るなりそうつぶやく霊能力者。見かけはごく普通の主婦といった感じを受ける。 彼女は塩やら酒やら米やらを次々と取り出し、何らかの儀式に取り掛かった。傍から見ていて何がなんだかわからなかったが、妻はそれを安心したように眺めていた。 霊能力者はバンバン、と手を叩き 「ハッ!!」 と大声を上げた。悪霊祓いはこれで終いらしい。 「もう大丈夫ですよ、いなくなったから」 霊能力者が優しげに妻に声をかける。妻は涙ぐんでいた。 「もしこれから変な気配がしたら、さっき私がしたみたいに『ハッ!!』て大声を出しなさい。悪霊は大声が嫌いなの。できれば『出て行け!』『消えろ!』とはっきり言えたほうがいいね」 妻は霊能力者のアドバイスに深く頷いた。 悪霊祓いの日からしばらく経った。空は寒々しく曇り、家の周りは深い雪で覆われている。 冬になるとこの辺は本当に静かだ。なかなか外にも出られない。 妻はあの日以来ずっと叫んでいる。 「ハ〜〜〜ッ……ハ〜〜〜ッ!!」 「消えろ!消えろよ!!」 「いなくなれって言ってるんだよ!!」 「邪魔だ!!失せろ!!消えろ!!」 「思考から消えろよ!!ハーッ、ハーッ!!!!」 自分と妻、二人しかいない部屋の中で、妻はひたすら虚空を眺めて叫び続けている。
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