帰り道

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帰り道

『ほんとだ……』  知白(ともあき)は年中組の保育室をこっそり覗き見ていた。室内では、知玄(とものり)がかしこまった様子でテーブルに着き、折り紙を鋏で器用に切っていた。 『あいつ、やれば出来んじゃん』  この年の四月、知玄は保育園に入園したばかりだった。クラスの中で、知玄は一番小さくて、太っちょでコロコロしていて、あまり外で遊ばないのに日焼けしてるように色が黒かった。しかも目がぱっちりで唇がポヨヨンとしていたから、女に見間違われないよう、頭は丸坊主に刈られていた。  どう見ても、知玄はいじめられっ子。実際、知玄は園でよく泣いていた。知白のクラスまで、新入生のクラスから泣き声が聴こえてくれば、その泣き声の主はだいたい知玄だった。そのため、知白は弟がいじめられないよう、頻繁に年中クラスまで様子を見に行った。  ところが、知白の予想に反して、知玄が泣いていたのは同級生にいじめらたせいではなかった。 「あーん、できないよぉー! わかんないよぉー!」  知玄は、園でするべきこと何もかもができない分からないと言って泣いていたのだ。これには知白も唖然とした。まさか、弟が上履き入れから上履きを出すことすらできないなんて! それで、知白は可能な限り弟に貼りついて、なにくれと面倒を見た。  だがある日、知白は弟の担任に呼ばれて言われた。「知玄くんのことを、あまりかまわないであげてね」と。知白が世話をしなければ、知玄は自分で何でもできるというのだ。  それは本当だった。鋏を使うのも糊で紙を貼り合わせるのも、知白が何度教えても「できない、わかんない、おにいしゃんがやって!」と言うばかりだった知玄が、今はそれらをなに食わぬ顔でやってのけている。 『俺、邪魔だったのか……』  知白はショックを受け、以来、保育園では知玄を必要以上に構わないことにした。知白も実をいえば、知玄の面倒を見ていたせいで友達と遊ぶことが出来なかったのが少し不満だったので、知玄をかまうことを禁じられて落ち込んだのは、ほんの僅かな間だけだった。
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