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『そういえば名前を聞いてないね。』
男は斜面を登っているのに息が上がらない。本人は気を遣って雑談をしているつもりでいる。
『アネッタです。』
ふうん、といって細めていた目を開き凝視してくる。何処となく感情の籠もりにくい、鈍い光を放つ眼に一瞬見惚れてしまう。
父親の名は?と尋ねられても知らない物は答えられない。分からないと返すと男は何か分かったような顔をする。
『俺はエルドっていう。』
よろしくと自己紹介を済ませて再び登り始めた時、アネッタはようやく相手が何者であるかを名前から気付いた。
よく知ってるなぁ、と初老のハズの男は随分嬉しそうに記憶力を褒めてくる。若い娘達の間にも名は広まってるのか、と興味がありそうなので噂の真相を聞いてみる。
『8本の足と目があり、糸を操ってクメシエナ王女を捕え毒牙を刺し噴き出した魔力を吸って生きてるって本当ですか?』
『…それやってるのクメの方だから。』
やはりエルドはこの点において気に食わない。あの優秀な友人の欠点はどれほど醜悪でも世間が欠点と見なさないのに対し、目立たぬ様に才媛を集めた自分が何故得体のしれぬ扱いをされるのか。
鼻をへし折るのは中々苦労する顔を思い浮かべつつエルドは薬草が生え揃う場所に到着する。
『下っ端の仕事と思われているが、長年やっていれば何処に生えるか分かる。調合の信頼を得れば稼ぎも増える。』
アネッタも籠に薬草を入れつつエルドの手付きに見入る。地面に手を触れた瞬間に根本が小さく隆起して、そのまま引き抜かれる。
おかげで物を拾うように収穫できている。自分に足りない知識と魔法の全てをこの男は揃えていると思えた。
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