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俺と幽霊
「え~と。まず、お名前は?」
小さなアパートで独り暮らしをしていたはずだったが、ある日突然、俺の家に幽霊が現れた。
「・・わかりません」
なぜこんな事情聴取みたいなことをしているのか俺でも不思議には思っている。でもこの幽霊は何故か、怖いとか呪われるだとか、そういった感情は感じない、自分でもビックリするほど冷静でいられる。
「では、死因は?」
「・・・・わかりません」
「なんか、恨み的な事は?」
「・・・な・ないと思います。」
「じゃぁ、帰れ。」
「どこに!」
忘れてた。死んでるんだった。
「すまん。成仏しろ」
「してたらしてるよ!」
逆ギレされた。
この、30代後半の冴えない見た目の男性はどうやら生前の記憶がないらしい。
「ここに居させてよ~」
「ここは、俺の家なの!ちゃんと家賃も払ってるの!家賃、払ってくれるなら考えてもいいけどな。」
「そんなこと出来るわけないでしょ!
あ!でも泥棒とか来たとき『うらめしや~』って言って追い出そうか。」
確かにここ最近、空巣などの被害ここ一帯で多い。正直な話全然ありだ。
「それ、いいね。」
こうして、幽霊のおっさんを自宅警備員として一緒に暮らすことになった。
彼と過ごすようになってから数日がたったある日のことだった。
「そういえば、おっさんその見た目からして最近死んだよな。」
おっさんもとい幽霊の格好は比較的カジュアルな服装や髪型で、今の時代に合っており町中にいても幽霊とは気付かないだろうほどよく馴染んでいる。
「そうなのか?俺はここから出れないからわからねーが今の若者が言うならそうかもな」
ブーブーブー
俺の携帯のバイブレーションがなる。画面を見るとかけてきたのは母親だ。
「はぁ。」
「そういえば毎日のように携帯なってるぞ、でなくていいのか?」
「ああ。どうせ母親からの『帰ってこい』の電話だ。俺は夢が叶うまでは帰らないって何度もいってるんだけどな。」
俺の夢は芸人になることで親の反対を押しきって大学を卒業後、すぐに上京して来ている。
そのため毎日のように母親から電話がかかってくる毎日だ。いい加減諦めてくれればいいのに。
「夢を叶おうとするのはいいけど、たまにはでてやれよ。俺みたいにいつまで話せるか分からないからな。」
お前が言うのか。
「それもそうだな。」
「でてやれよ。」
「わかったよ」
恐る恐る俺は電話にでる。何日ぶりだろうか。
「もしもし。」
「やっと出た。このバカ息子!」
「ご、ごめん。バ、バイトがあってなかなか出れなかったんだ。」
「嘘をつくな!」
やっぱりばれた。母親には嘘がつけないようだ。どんなに小さな嘘でも必ずといっていいほどすぐバレてしまう。
「ご、ごめんって。」
「そうなことより・・・父さんが・・・」
簡潔に言うと俺の父親は数日前急に体調を崩したらしい。
俺は母親からの電話を切ると一気に脱力をお越しその場に倒れ込んでしまった。
「おい!大丈夫か?」
その日、何をしたか覚えていない。
次の日
俺はショックで仕事もバイトも休み布団の中でゴロゴロしていた。
「なあ。ショックなのは分かるが、飯ぐらいは食った方がいいぞ。今後の人生なんて人がバタバタと死んでいく。イチイチ構っていたらきりがないぞ。そんなに心配なら帰ればいいじゃねーか」
「うるせぇ。」
縁を切ってまで、家を飛び出したに等しい俺を今さら帰れるわけがない。
はぁ。幽霊のおっさんが深くため息をした。
「会えるときに会ってこい。喧嘩ってのは死んだら出来ないぞ。喧嘩ができるのは今だけだからな。」
「今もしてるぞ。幽霊と喧嘩」
「あっ。」
「俺が幽霊が見えるからといっても、赤の他人だ。俺に構うな。」
「そうかい。そうかい。でも・・・」
急に今までのテンションとが違い、真面目なトーンになった。
「後悔はするなよ」
後悔はするなよ
その後俺はこの言葉が頭の中から離れず、俺は一旦実家に帰ることにした。
実家に帰ると、思ったよりも父親の具合はよく、俺の帰ったことにいろいろ言われてしまった。俺が心配するほどではなかったのかもしれない。
俺は母親にしっかりと怒られた。けれど母親は決して俺の夢に口は出さず、「ちゃんとご飯は食べてるの」だとか、「無理はしてないの」みたいなことしか言って来なかった。
終いには父親からも、
「おい。お前まだ芸人になるって言う夢、諦めてないだろうな。」
以外だった。今まで俺の夢に対して否定的な態度をとっていた両親だったのに、今になって何をいっているのだろか。
「当たり前だ。」
「・・・そうかぁ・・・・頑張れよ。」
なんとあらわしていいかわからない感情が混み上がってきてこのあとなにも言い出せなかった。
そして、病気のせいなのかどうか分からないが、父親の顔はどこか安心したように見えた。
「ただいまってどうしたんだ?」
実家から帰ってくるなり幽霊のおっさんがより薄く消えかかっていた。
「やっと、俺が誰なのかわかったよ。」
「え?」
「俺はお前だったんだ。」
「はあ?俺はこんなおっさんにはなってなぞまだ20代だし」
「正確に言うと、未来のお前だ。」
「それなら何でここに?てか俺そんな早く死ぬのか?」
「いいや。それはもうないだろう。俺はあの親父の死からかなり後悔をしていた。
来日も来日・・・
そんな生活をしていると、もちろんお金がなくなり、実家に帰るしかなかった。その後もダラダラと時間が流れていき、いつの間にか、俺の夢だった『芸人になる』て言うことを忘れていた。」
「親父の死?」
「ああ。いつものように俺は、母親からの電話を無視し続け、いつの間にか親父が死んでいた。知ったのは葬式をやった後だったよ。でも・・・知らなかった。親父、俺の夢、応援していたのか。」
涙目になりながらおっさん・・・もとい未来の俺は語り続けた。
「お前は、諦めるじゃぁねーぞ。」
「ああ。なんか、ありがとな」
「気にするな。」
こうして、数日間ではあったが俺と幽霊のおっさんとの生活は終わった。
数日後
今日も俺はバイトをしながら自分のネタを書き、いつかあの夢に見たテレビの前に行くことを待ち望んでいる。
あの出来事の事は今でも夢だったのかもしれないと思ってしまうほど記憶がどんどん薄くなっていく。そしていつかは記憶のどかに消えていくのかもしれない。
それでもひとつだけ忘れない、いや、忘れてはいけない事があった。
『夢は決して諦めてない』
この事を胸に刻み今日を過ごしていく。
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