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 オーケストラが響く会場に足を踏み入れると、 貴族二人組が声をかけてきた。  高官が着ている服には旗のマークを腕につけるという決まりがある。 大きさについて規定はない。服本体に刺繍してもよいし、 バッチにして身につけるでもよかった。  この二人は左腕に刺繍をしていた。 「ユーリー嬢。今日も似合っておられますよ。 いつか画のモデルとなって下さいませんか?」  ユーリーの眉が怒りを示すようにピクリと反応したが、 派手な二人組は気づかない。 もちろん陽気に酒をたしなんでいる周囲の貴族たちは ユーリーの存在に注目することはない。 「いえ……」 「いい考えですな。ユーリー嬢、 そうしていただければ、その画は、高額で買わせていただきますよ」 「いいお話でしょう。 刺繍だけで生計を立てるのは難しいでしょうからな」  ここでいう絵というのは女性の裸体と 天使を組み合わせたものなのだ。 確かに信仰の対象としてかかれることも多く、 数々の作品がこの世に存在する。 しかし若い女性にとっては抵抗があることも事実だ。 彼らの厭らしい笑みをみた瞬間、抑えていた嫌悪感がふきだした。 「できません。姿を写すなど――」 「なぜですかな? そんなにかしこまらずともよいのに」  わざとらしく問う貴族に、 とっさに作った笑顔で応じる。 だがその笑顔は多少引きつっているのだろう。 彼女は出来るだけ冷たい声音を意識する。 「いいえ、なにも……お二人ともわたくしの生業は刺繍にございます。 ですから遠慮させて頂きとうございます」  彼女が目指すのは慇懃無礼な態度だ。 「そうなのですか?  残念です。あなたは画に映えると思いますぞ。 神秘的な淑やかさがまたいいと思うのですが」 「艶めかしいというのですかな。 どこかで見たような懐かしい感じを受けるのですよ」  駆け引きのようにクルクルとお世辞が飛び交う。 「そうなのですか。 ではまたの機会がありましたらお願いいたしますわ」  ユーリーは口々に言う貴族達をあしらい、 席に着いた。時折、男たちがユーリーの方を見てくる。 (居心地が悪いのよ! まぁいつものことなのだけれど)  ふと視線を上げれば大きな暖炉が煌々と燃え、 華やかさを際立たせていた。 華やかな空間で人々が陽気に談笑する姿にユーリーはうんざりしていた。 「ユーリー嬢、ワインなどはいかがでしょうか?  こちらのロマネ・コンティは珍しい五十年物ですぞ」
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