あなたがくれたもの

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自分の名前の由来を調べる。 小学校高学年の総合学習の時間に与えられた課題の一つだ。 それまでは特に気にしたこともなかったし、誰もが必ず持っていて、個人を判別する手段の一つくらいにしか思っていなかった。 だから、この時初めて自分の名前に意味があることを知ったわけだけど、それが後々の私の人生に多大な影響を与えることになるなんて、この時は思ってもみなかった。 母から聞いた話では、私の名前は母方の祖父が付けてくれた名前だったそうだ。 母としては、兄妹の末っ子として産まれてくる私に「愛」と書いて「めぐみ」と付けたかったのだと話してくれた。その由来を聞いたような気がするけれど、正直あまり覚えていない。 けれど、その名前を聞いた時、自分には不釣り合いな名前だと感じたのははっきりと覚えていて、今の名前で良かったと、心から安堵したものだ。 次の日、クラスで一人ずつ調べたことを発表する事となるわけだが、他の子の話を聞いていても、やっぱり自分の名前が一番カッコイイなんて思っていたのだから、この頃の私は幸せ者だったと思う。 それからというもの、名前が呼ばれる度に、なんとも言えない多幸感でいっぱいになった。やはり、意味を知っているのと知らないとでは、その価値は雲泥の差だと思う。 学校が長期休みになると、母方の実家に泊まりに行くことが常ではあったけれど、祖父に名前のことを尋ねたことは一度もない。 寡黙で頑固な昭和の男を代表するような祖父だったから、近寄り難い一面もあったけれど、とても柔らかく笑う人で、よく一緒に遊んでくれた。 そんな祖父が呼ぶ自分の名前は、どこか特別に響いて、自然と笑顔がこぼれた。 その後、中学校、高校と進学し、学校や部活動が忙しくなると、母の実家に行く機会は少なくなっていった。 祖父が病に倒れたのは、私が大学生になる年だっただろうか。 認知症も進んでおり、長年連れ添った祖母のことも分からなくなるのだという。 その後、 一度だけ会いに行った時には、 祖父にはもう、私が誰なのか分からなかった。 何と声をかけていいのかも分からずに 畳の上でぼーっと寝転んでいると 「そんな所で寝てると風邪をひく」 不意にそんな声が飛んできた。 祖父は私を一瞥すると、布団を敷いて寝るようにと告げ、部屋を後にした。 眠るにはあまりにも早い時間だった事もあり、皆が集まるリビングへと向かった。 扉に手をか 「あの子は誰だっけか」 と祖母に尋ねる祖父の後ろ姿が、みるみる滲んで、見えなくなった。 人はこんなにも簡単に忘れてしまえる生き物なのか。 ただただ、信じられなかった。 貴方がくれた、私の名前。 私が私である証。 けれどもう、呼ばれることのない、名前。 その年の秋、祖父は静かにこの世を去った。 私にとっては、初めて触れる人の死だった。 覚えているのは、泣き崩れる祖母と、それを必死に支える母の姿。棺に入れられた祖父の顔。 それ以外のことはあまり記憶にない。 社会人になった今、小学生の私とは裏腹に、私は自分の事が大嫌いだ。それこそ、理由をあげだしたらキリがないほどに。 それでも、祖父のくれた名前だけは、唯一誇れる私の宝物だ。 生きることを諦めたくなったあの日も、 どうしようもない悲しみに襲われた夜も、 何に対しても自信が持てなくなった昨日も、 必ず聞こえてくる、「名前」 その度に、その名に込められた意味を思い返す。決して迷わないようにと引かれた、私だけの道標だ。 終わり。
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